「それで翔くん、話ってなに?」

 ベンチから立ち上がった俺に彼女が口元に手を当てながら聞いてくる。

「うん、あのさ」

 息をひとつ吸う。夕暮れの夏の空気は爽やかながらどこか重い。
 本音を言うのはやはり重たいものだ。

「俺、君たちとは仲良くできない」

 喉から出た重たい言葉。フワッと体が宙に浮かぶ感覚、明確に人を拒絶したのは初めてだった。

「…え?」

 彼女の柔らかな微笑みに影が差す。仄暗く沈んだ夕暮れの影。
 しかし彼女の表情はほとんど変わらなかった。引き攣らせることはなく、意味を頭の中で反芻しているかのよう。彼女の動揺しない張り付いたその微笑みは、人の世を上手く生きてきた賜物によるもの。

「それってどういう──」
「不知火さんにしてること、知ってる」

 変わることなかった彼女の表情にほんの少しの驚きの色が見える。これが、俺が調べていたことだ。

「どうやって知ったの?」
「きっかけは部室のこと。他の子たちにも聞いた」
「ふーん」

 まだ笑みが見える。よもやここまで来ると怖い。そんな怖さを押し返すように俺は続きを紡ぐ。

「俺は君たちの好意に応えることはできない」
「は?」
「俺がはっきりしなかったせいだ。これ以上、自分のせいで俺の大切な友達が傷つくのは嫌だ。だから君たちと仲良くするのは──」
「あのさぁ」

 羽折さんが俺の言葉を遮る。普段俺に向けられるものとは遥かに遠い低く重たい声色。

「…っ」

 ほんの少しだけ驚いた。ここまで裏表があると思わなかった。

「なんか勘違いしてそうだから言うけど、これじゃまるで私が貴方に言いよってるみたいじゃない?」
「え?」
「何勝手にフってんの?普通に私のプライドが許さないんだけど」

 唖然とした。出てくる言葉の意味がわからない。自分とて好意を持たれているなどと自惚れたつもりはない。周りの子たちが話す話を総合して手に入れた話だ。

「今の私、憧れた華の高校生なんだよね。少しでもいい思いをして過ごしたいの。友達と遊んで、かっこいい男の子とお話して周りの子より良い青春を謳歌したいの」
「な、なに言って──」
「羨ましがられたいの。ただそれだけ。ワンチャンあるかもって人にフラれるほど、情けない存在に成り下がりたくない」

 彼女の紅く潤んだ唇から出る本音。ため息混じりに脇に抱えていた可愛らしい小さめのバックを背負い直す。バックについた可愛らしい花のチャームが夏の夕陽をオレンジに反射した。