「……」

 彼女の鞄に目をやる。僕と同じ形のスクールバッグ。ただ一つ僕のとは違い、上靴の底のような模様の踏み跡がついていた。
お世辞にも綺麗とは言えないその跡。それはまるで心の傷のようだった。

「嫌がらせでつけられちゃったの」

 僕の目線に気づいた不知火さんが弱々しい声色で教えてくれる。怒りも当然覚えるが、それ以上に不知火さんのことを考えると辛さ、悔しさ、痛さが勝る。

「どうして、こんなことまで…」

 その声色に感化されるように、僕の声まで涙声に近い震えを帯びた。
 不知火さんが俯き、彼女の指が鞄を撫でた。鞄の布地と指がサラサラと、小さな衣擦れの音色を立てる。小さな小さなその音は、夕刻のひぐらしと橙色に溶けていく。

「独りは寂しい、だから人は弱いんだって思った。こうしてみんなで嫌がらせをすることで、彼女たちは独りじゃなくなるんだよ」
「それはっ!」

 そんなのは寂しさじゃない。僕の言葉に彼女が寂しげな目線を向ける。

「…っ」

 僕は言葉に詰まった。彼女の瞳は、寂しさじゃないとしたら何なのかと問うているかのよう。
 妬みや僻みは原因かもしれないが、一連の行為の根幹は孤立を恐れる寂しさであることは否定できない。

「なんで私なんだろうって。考えても答えは出ない」

 彼女の柔らかくも重たい声。その裏には怒りの感情をはらんでいる。

「私が生駒くんといたから?みんなで部活を作って楽しそうにしたから?」

 立て続く疑問。語気は徐々に強くなっていく。ひぐらしの鳴き声を消すように、彼女の声が空気に混ざる。

「どうしてピィちゃんは死んでしまったの?誰のせいなの?私?生駒くん?赤翼くん?羽折さんたち?」
「そんなの…」

 喉を傷つけるような痛々しい声。そんなの決まってる、悪いのは羽折さんたちだ。でもきっと、彼女の求める答えはそれじゃない。僕ら人間が持つ、根っこの部分。

「何がピィちゃんを殺したの!?輪から外れて独りになるのを嫌った、人間の寂しさや弱さなんじゃないの!?」

 不知火さんが立ち上がり僕の制服を掴む。彼女の白い手が弱々しくシャツを握りしめた。僕は黙って、不知火さんの掴む力を受けた。

「人間の都合で亡くなってしまった、そんなのってないよ!焔消山で見た命のやり取りとは違う!ねぇなんで!?どうしてよ!」

 溜まっていた淀みが開放されるように、強く、強く、彼女の声が響いた。悲痛な叫びが部室を満たす。ひぐらしの鳴き声はもう聞こえない。