* * *


 轟々と、風と雨が吹きすさぶ。雷が鳴り、木々が鳴き、何もかもを無に帰さんとする大嵐。

 キィー!キュルルルルッ!

 鳥の宝庫となっているとある山の山頂付近で、そこに住まう鳥たちが自然の恐怖に怯え鳴いていた。

 キッ!ピピピッ!

 一羽の雛鳥が風に煽られ、止まっていた木から滑落した。緋色の身体、金色の羽毛、尾羽には孔雀のような翡翠色の目玉模様。鳥類図鑑のどれにも当てはまらないそんな鳥が、あっけなく死にゆこうとしていた。

 命は決して平等ではない。例えそれが、人類未発見の生物だとしても。命は必ず、生まれて潰えるものである。

 滑落し、強風に乗った雛鳥は山から離れていき、明かりの灯った人里の方へ流れていった。
 住まう鳥たちはただた流れる雛鳥を見つめていた。彼らは命を惜しむことはない。ただただ目いっぱい、自分の生を全うするのみだ。大切なのは自分の命、ただそれだけ。

 堕ちゆく雛鳥は他の鳥たちに助けられることはない。自然とは、まさしくそういうものだ。


* * *


 さて、この世に何種類の生き物がいるか知っているだろうか?
 生物という括りで見れば、この地球上に存在する数はまさしく星の数ほど。なにせ、草木や花々などの植物はもちろん、周りにいる小さな虫や菌類、微生物でさえ、その括りに含まれるのだから。
 無論、人間もそんな生物の中の1つ。

 冒頭の答えだが、一説によれば、この地球上にいる生物の種類は約870万種類とも言われている。これはあくまで概算上の数値であり、もっともっと多くいる可能性すらあるというのだから驚きだ。

 しかしそんな中で我々人類が把握し、命名することのできている割合は、15%にも満たない。約85%は名前すらついていない生物ということになる。そう、言い換えるのなら未確認生物なのである。

 これだけ未知の生物で溢れているのならば、過去の文献や、伝説にあった空想上の動物がいたってなにもおかしいことはない。古くから語り継がれてきた生物が、この世にいないという確証はどこにもないのだから。想像上の怪物も、人の姿をした半人半獣も、よもや神様だって、この世に存在するのかもしれない。

 そう、これはもうロマンと言って差し支えない。そのうちの1匹でも紐解くことができたのなら。きっとそれは、僕にとってはこの上ない幸せとなるだろう。

 生物の神秘、未確認生物の発見。それは僕にとっての夢であり、それを叶えるためならば僕は──


* * *


「…ばね、赤翼(あかばね)!」
「……」
「おい、赤翼(あかばね) 有真(ゆうま)!!」
「は、はいっ!」

 突然僕の耳元に届いた先生の怒号で体が跳ねた。机が浮いて椅子が下がり、教室の床と椅子の脚がギィッと嫌な音で擦れた。勢い余って席から立ち上がる。教室中の目が僕を見ていた。クスクスとした笑い声や好奇に満ちた表情。
 耽った妄想から現実に引き戻される。僕を包むクラス中の視線、恥ずかしさに襲われる。

「え、えっと」
「赤翼、俺は何度も呼んだぞ。授業中にボーっとするとはいい度胸だな」
「す、すみません…」
「…何を考えていた?」
「え?」
「そんなにぼーっとするほど、何を考えていたんだ?」
「えーっと…」

 思考を聞いてくるなど昨今の教育方針には全くそぐわない。晒上げもいいところだ。授業に集中していなかった自分が悪いが、頭の中に広がった生物のロマンは退屈な授業を聞くより何倍も楽しいのだから、しかたない。

「どうやったら未確認生物を発見できるか考えていました」
「…はぁ?」

 しかし僕は臆することなくそう答えた。普段はこんなこと言う性格ではない。だが、自身の夢をひた隠すほど、僕の生物への想いは軽いものではなかった。
 とはいえ、少し自分でもびっくりした。驚いたのは発言のいかんではなく時間。教壇に立つ先生の後ろの時計は、授業開始から約25分を経過したことを告げていた。随分長いこと妄想を広げていたんだな。

「もういい、座れ。時間がもったいない」
「…はい、すみません」

 クスクスと笑い声が聞こえる。「またなんか言ってるよ…」だったり、「適当にごまかせばいいのに…」だったり多種多様な声が聞こえる。うん、僕もそう思う。
 とはいうものの、実際にこうやって怒られると恥ずかしさと悔しさと反骨心であまり冷静ではなかった。

「じゃあ、140ページを…隣の席の不知火(しらぬい)。赤翼の代わりに読んでみろ」
「……」

 そんな僕を見て溜息をつき、続けて先生は僕の隣の女子、不知火(しらぬい) 雛子(ひなこ)さんを指名する。
 不知火と呼ばれた彼女は特に気にする様子を見せず無言で立つ。座ろうとする僕と、静かに立ち上がる彼女。入れ違うように彼女に目を向けると、彼女もこちらのことを見ていた。とばっちりを喰らったことに対する抗議の視線かと思ったが、その視線からは特に何も感じない。僕と彼女の視線が虚空で交差する。

「現代社会において、所得格差や少子高齢化といった様々な──」

 そんな視線の交差は一瞬。彼女は教科書に目を通して澄んだ声で読み始める。怒るでもなく呆れるでもなく、本当に興味が無いと言った様子の視線は、心にくすんだ感情を生むのには十分だった。
 隣の席なんだから、呼ばれているのわかってるなら声をかけてくれてもいいじゃないか。
 心の中で悪態をつくも、怒られた事実を他人に押し付けているに過ぎない。程なくしてそんな自分が嫌になった。

「──社会全体で解決すべき問題です」
「よし、座っていいぞ。今しがた不知火が言ったように──」

 座る彼女を今度は横目で盗み見る。日本では珍しい琥珀色の瞳。色素の薄いショートカットの茶髪。小柄な体に、きめ細やかな白い肌。
 目に映る姿は美少女そのものなのだが、いかんせん彼女は無愛想であった。隣の席だが話したことはない。そもそも学内の誰かと話している姿を僕は見た事がない。

「……」

 しかし、それに関しては変人扱いされている僕も似たようなものか。
 怒られた気持ちを落ち着かせるためにここから見える窓の外に目をやる。瞬間、1羽の鳥が空に飛び立つのが見えた。昨日訪れていた夏の嵐は過ぎ、綺麗すぎる青空に花のように舞う鳥の羽毛。
 いいなぁ。僕も鳥になれたらこんな風に怒られなくて済んだのだろうか。
 懲りずに上の空で黄昏ながら、僕を置いていくかのように授業はつつがなく進んでいった。