共同生活は意外と楽しかった。

相手が自分なのでお互いに考えがわかり、平和主義の二人だから問題もない。

彼女が作るお弁当は私の好みに合っていて、美味しかった。
たまにお弁当作りをサボる時もあるけれど、そんな時もあるよねと理解してしまう。

食費とか雑費もかかるけど、家事全般をやってもらえるのは本当に助かる。
お嫁さんをもらった気分になって、今日の晩御飯は何だろうと仕事中に考えるのも楽しい。

好きな映画も同じだし
好きなタイプの俳優も同じ。

たまにだらしない部分も見えるけど
それも自分だから仕方ないと思える。

自分がもう一人いるって

すごっ!!


一ヵ月ほどたったある朝のこと

「やっぱり働こうかなぁ」
遠慮がちにお弁当を渡しながら小声で彼女はそう言った。

そろそろ言われると思っていた。
自分が彼女ならきっと言うだろう。

インドア生活も長いと飽きてくる。
働いた方が好きな物も買えるし
頑張れば大きな部屋に引っ越しができる。

「いいよー」と返事をすると、クローンは満面の笑みを浮かべる。
自分の満面の笑み……あまり可愛くないと気づく。
他ではやらないでおこう。

「いや、実はお金を貯めてここに引っ越ししたいんだよねー」
彼女はタブレットを開いて私に物件を見せた。
早っ!準備早い。
もう目的を決めていたのか。
あなどれないな自分。

それは
新築3LDKのデザイナーズマンションだった。
駅・コンビニが近くて、セキュリティも完璧。
収納が広くて日当たりも良く、キッチンがおしゃれ。
わぁーこの寝室の照明可愛い。

「寝室のライトがいいんだよね」
さすが自分。同じところに目を付けている。

よくよく読めばまだ建設中で、入居者募集はもう少しだけ先らしい。


見れば見るほど自分好みの物件だった。
もうこれ以上の物件はない。
いや、もうこれしか見えない。

でも高い。
高いけどふたりで働くのなら
頑張れるかもしれない。

「お金貯めよう」私がそう言い
「頑張って働くよ」彼女がそう答える。

突っ走る性格のふたりは、目を合わせてうなずいた。


彼女はカフェで働き始めた。

カフェのお姉さん。
ジーンと胸が熱くなる。
実は憧れていた私。
カフェでのバイト経験に恵まれず、今の事務仕事になったので憧れの仕事である。
うらやましい。

引っ越し資金は貯金を崩しなんとかなるとして、やっぱり新しい部屋に合うラグとかソファとか可愛い食器棚とか欲しくなってしまうのが私たちの悪いところだと思う。

スマホで高級家具サイトを見ている私の頬を軽くグーパンチして、彼女はタブレットでニトリのサイトを私に見せる。
「ニトリでも私たちには高級なのよ」
そう言われて「うん」と返事をしてみるけれど……やっぱりお高い家具は素敵だなぁ。
上をみたらキリがないのはわかっているけど
あぁ……つらい。

現実を考えると
彼女のカフェの働きで高い家賃のお金を払うとしても、部屋が広くなると光熱費もかかると思うし、色々とそろえるとなるとかなりとってもお金が足りない。今でもギリギリ生活なのだから、やっぱきつい。

「あのね、いいこと考えた」
悪い顔で彼女はそう言った。

満面の笑みより可愛かった。










彼女の発案したいいことは
全然いいことではなかった。

もろブラックだった。

「もうひとりクローンを作るの。でも正式に作るとお金がかかるから、私のクローンを作るの。あのね教えてもらったんだけど……いいサイトがあるのよ」
タブレットを動かそうとしている彼女の手を止めて、私は「ダメ!」ってはっきり言った。

初めて意見が分かれた。
天使と悪魔の自分を見た気分。

「違法だよ、あげるくん」
ちょっと笑いを取るように、おまわりさんの帽子をかぶった黄色い犬の声を真似してみたけど、彼女はスルーして「でもね」と話を続ける。

「実際にやってる人多いよ。バイト先はみんなクローンだから情報収集完璧だもん」

「スルーしたな」

「あげるくんの声は好き」

「ありがとう。ちょっとさ、一回落ち着こう」
私がそう言うと彼女は素直に「カフェオレ入れるね」と言ってキッチンに向かった。

うーん。どうやって頑固な私を説得しよう。

頭を悩ませながら考えてしまう。
相手は自分だ
言い方を間違えると怒らせてキレて突っ走るだろう。

平和主義なのでケンカはお互いしたくない。

「うーん」と、悩むと相手も「うーん」とキッチンでうなっていた。

どうやってお互いを説得して納得させようか。

相手を他人と思った瞬間だった。





それから少しの間は私の仕事も忙しくなり、彼女との話し合いは休戦状態となる。

彼女を専業主婦に迎えたので、仕事を増やしてもらったので帰りも遅くなっていた。いつも休日はふたりでダラダラと話をして過ごしていたけど、彼女も働き出したのですれ違う日々もあり、家の中もちょっと荒れてきた。

共働きの新婚さん気分……怖っ!

「佐々木さんとこはクローンと順調ですか?」
クローンを勧めてくれた経理の佐々木さんに聞いてみると、佐々木さんは苦笑いをして「色々とあるよねー」と答えてくれた。

人間だもの……クローンって人間か?

もう少し話を聞きたかったけど、時間がなくて心残りだった。今度ゆっくりお話を聞いてみよう。

仕事が終わり
すっかり遅くなったから、彼女も帰っている時間だろうと、コンビニアイスを二つ買って帰ってみたら……。

「おかえりー」

「ちぃーっす」

私がもう一人増えていた。
「なにこれ?」
思わず口から出た言葉に「『これ』って言い方はひどいんじゃない?」と、新しい自分は体育座りをして口をとがらせた。

「どーゆーこと?」
アイスを乱暴に冷凍庫に入れて、古い自分に……いや、紛らわしいから最初のクローンを1号として新しく出現した自分を2号と呼ぼう。
1号は苦笑いをして「こや、こーゆーこと」って答える。

こーゆーことって……。
あらためて2号を見下ろすと、なーんか……態度悪ーっ。全体的に雑というのか自分の悪い部分がモロに出ている感じ。

「やっぱり私たちだけじゃお金足りないでしょう」
1号がハーブティーを入れて渡してくる。
きっと飲んでも癒されない。

「違法だって」何度言わせるんだよあげるくん!

「そうだけどさぁ、みんなやってるよ」

「でた!みんなやってる」

「自分だって思ってるくせに」

「思っていてもやらないのが私なの!」

「できないんでしょ」
クスっと笑われて頭に血が上る。

嫌な奴ーー!自分だけど。

落ち着け私。
相手は私だ、挑発する方法も完璧だろう。
話を聞くと
同じ職場のクローン仲間にこっそり紹介してもらい、クローン2号を作ったらしい。
いやこのクローン2号。肌荒れてんな。
何度もお茶を淹れてるとだんだん薄くなって出なくなってくるよねと……ふと思った。

「お金足りないもん」
1号が言うので「彼女はどこで働くの」と聞いてみたら、2号が「キャバクラー」と返事する。

キャバクラ
たしかに、一度挑戦したいとはこっそり思っていたけどそればダメだ。

「ダメだよー」
「なんでー」
「お金稼げるよー」

2対1だと立場も弱くなる。

「お店に知り合いとか来たら困るでしょう」
「クローンですって言えばいいじゃん」
「クローンってキャバクラNGじゃなかった?」
「バレないもん」

うわーっ!私ってこんな人間だったの?嫌な女!!

「とにかくダメっ!!」

宣言すると1号はふくれっ面をして、2号は床に寝そべり雑誌を広げる。
「部屋が狭いから寝転がるな!」
私はそう叫んで頭を冷やすように部屋を出た。