その夜、りんごおじさんはおじいちゃんに電話をしていた。おばあちゃんがお風呂に入っている間に、こっそりとだ。

「父さん。母さんがすっごく怒ってますよ。謝らないと帰らないって」
「家でも雷さんのように怒っとったからな。くわばらくわばら」
「ふざけてる場合じゃないですよ。早く、母さんを迎えに来てあげてください」

 りんごおじさんがめずらしくキツめの声を出すと、おじいちゃんは「実は……」と、弱った声を出した。

「実はな、結婚記念日を忘れたフリをしとったんだ。ばあさんをびっくりさせようと思って、そのぅ……、サプライズプレゼントを用意していて」
「えっ! 父さんがサプライズですか?」
「慣れんことはするもんじゃないな。すっとぼけている間に、ばあさんは怒って出て行ってしまった」
「ははは……。そうだったんですか」

 りんごおじさんは、力が抜けたように笑っている。ましろもそれを横で聞きながら、思わずプッと吹き出してしまう。

 なあんだ。おじいちゃん、結婚記念日を忘れてたわけじゃなかったんだ。

「そんなこと言われても、ただ謝るだけで許してくれる気がせんぞ」
「せめて、きちんと結婚記念日をお祝いし直したらどうですか? 僕のお店を使ってくれていいですから」

 ましろはりんごおじさんとおじいちゃんの電話での会話に聞き耳を立てながら、ふむふむとうなずいていた。

 確かに、《りんごの木》で結婚記念日をお祝いするのはいいかもしれない。おばあちゃんの好きなハイカラな料理を出せば、きっと機嫌もよくなる気がする。

 でも、りんごおじさんの作るおいしいディナーでたちまち仲直り……できるかなぁ。

 昼間、あれほど怒っていたおばあちゃんが、そんな簡単におじいちゃんを許すかどうかは分からない。「それとこれとは別よ!」と、美味しい食事を食べて、またこのマンションに帰って来てしまいそうで怖い。

 もっと、おばあちゃんが感激するような仲直りじゃないと……。

 その時、テレビに結婚式場のCMが流れた。純白のウエディングドレスの花嫁さんと、同じく純白のタキシードを着た花婿さん。豪華なホテルと豪華な料理。そして、大きくてフルーツたっぷりのウエディングケーキ。最後は「二人の一生の思い出を」というセリフで締めくくられた、みんなが憧れそうなキラキラした結婚式のCMだ。

 そしてましろは、ピカーンっとひらめいた。

「これだよ!」

 ましろの声に、りんごおじさんはスマートフォンを耳から少し離した。

「これとは?」
「結婚式だよ! おじいちゃんとおばあちゃんの結婚式記念日を作って、お祝いするんだよ!」

 ましろはどんっと胸を張り、電話の向こうのおじいちゃんにも聞こえるように繰り返した。

「結婚式記念日! おじいちゃん、やろうよ!」
「結婚式って、何を今さらに」