「別にいいよ。わたし、好きな人はいないんだ。恋って、なんかよく分からない。隣のクラスには、カップルがいるけど」

 ましろが澄ました態度で答えると、りんごおじさんは少し面をくらったようだった。まさか、小学生が付き合っているとは思っていなかったらしい。

「隣のクラスに……。ほう……。なかなかませていますね」
「そう言うりんごおじさんは?」
「僕は35歳ですから、さすがに恋をしたことはありますよ」

 りんごおじさんは、懐かしそうに遠くを見つめる。

「大切な人のために何かをするのって、とても楽しいんです。相手の喜ぶ顔を想像するだけで、心が踊って、あたたかくなりますよ」
「ふぅん。そうなんだ。なんかいいね、そういうの」

 ましろは恋するりんごおじさんを想像して、つい笑ってしまった。そして、その拍子にゴテンッとバランスボールから落っこちた。

「いたたっ! りんごおじさんのせいで落ちちゃったよ!」
「困ったいいがかりですね」



 ***
 そして土曜日には、恩田さん行きつけのヨガ教室へ。

「小学生も男子も大歓迎よ! さ、がんばりましょ!」

 恩田さんはそう言うけれど、教室はマダムばっかりでましろと大地君は明らかに浮いている。それだけでも恥ずかしいのに、見やすい所へどうぞと一番前に行かされてしまった。

「大地君、イヤじゃないの?」

 ましろがこっそりと聞くと、大地君は「そんなことないよ」と首を横に振った。

「今までにない体験ができて、面白いよ。それに、俺がスマートになって、愛華さんが喜んでくれるのが楽しみだから、頑張れるよ」
「えらい……! 愛の力ってやつ?」
「ははは。そうかもねぇ」

 照れくさそうに笑う大地君が、ましろはちょっと羨ましくなった。

 大地君なら、りんごおじさんの言っていた言葉が理解できるに違いない。好きな人の喜ぶ顔を想像するだけで、心が踊って、あたたかくなる──。

 まだ、わたしにはよく分からないけど、きっとすっごく嬉しいことなんだろうな。

「ねぇねぇ、プロポーズの言葉とか考えてるの?」
「えっ? えぇっとね、やっぱりストレートに……」
「はい、そこの二人! おしゃべりはそこまでにして、ネコのバランスボールのポーズして!」