ましろが注意すると、アリス君は渋々と自転車を降りた。自転車のカゴには高級な焼き菓子屋さんの紙袋が入っていて、つい注目してしまう。

「お菓子買ったの?」
「中身は、図書館の本だ。ましろ、相変わらず食い意地張ってんなぁ」

 アリス君にクスクスと笑われ、ましろは恥ずかしくなってしまった。けれど、お菓子屋さんの紙袋を再利用するアリス君もアリス君だ。勘違いしたって仕方がないと思う。

「どんな本借りたの?」
「洋菓子のレシピ本だろ、フランス語の本だろ、あと栄養学と、花の辞典」
「お花?」

 ましろが聞き返すと、アリス君は辞典の表紙を見せてくれた。とても分厚い辞典だ。

「白雪店長が、皿は花かごみたいなもんだ、って言ってたんだよ。ようは、季節の華やかさを意識するってことな」
「花かご……」

 たしかに、りんごおじさんの料理は花のようかもしれない。色鮮やかな花、落ち着いたきれいな花、満開の花──。お皿の上は、いつも見ていて楽しくなる。

「花のモチーフのスイーツとか、食用花もあるだろ? その辺の参考にしようと思ってさ」
「今日の新作も?」
「新作は器が花柄で……」

 アリス君の話の途中で、ましろは「あっ」と声をあげた。

「《花かご》さんだ!」

《りんごの木》の前に、たくさんの花を両手に抱えたお兄さんが立っていた。両手がふさがっているため、ドアを開けることができないようだ。

「やぁ! ましろちゃん、有栖川君! ちょっとドアを開けてくれるかい?」


***
 おとぎ商店街には、お花屋さんが一軒ある。お店の名前は《花かご》。小さいながらも種類は充実しているし、フラワーアレンジメントもしてくれる。ご近所のファミリーレストラン《りんごの木》も、《花かご》の季節の花を定期的に届けてもらい、テーブルやレジのそばに飾っていた。ましろは、《花かご》の花を毎回楽しみにしていて、花が届く月曜日の夕方が、いつも待ち遠しかった。

 今日出会ったのは、《花かご》の長男である重野大地君で、ちょうど花を届けに来てくれたところだった。

「こんにちはー。お花のお届けに上がりました!」

 お店のドアベルをカランカランと鳴らしながら、大地君はお店に入った。ましろとアリス君もそれに続く。

 大地君は大柄で、柔らかい性格、そして柔らかそうなおなかをした27歳だ。