「分かりました。ましろさんなら、迷惑をかけるようなことはないと思いますが……」
「私もいるから大丈夫よ。店長、また連絡するわね」 


 恩田さんの後押しもあって、ましろは乙葉さんたちとタクシーで病院に向かった。そして、本格的におなかに痛みが来るまでは、病棟の個室で待機することになった。

 けれど、ましろはどんな言葉を乙葉さんにかけるべきか思いつかない。

「主人、間に合わないかも。立ち合いを希望してたのに、今日、出張で地方に行ってて……」

 乙葉さんはそわそわとスマートフォンに視線を落としていたけれど、スマートフォンが光る様子はない。

「電話では、来るって言ってたんでしょ? なら、死にもの狂いで来るわよ」
「そう、ですよね。すぐ来てくれますよね」

 恩田さんは病衣に着替えた乙葉さんの背中をさすりながら、時計をチラッと見ていた。時刻は夕方の五時。病院に来てからすでに三時間が経っていて、乙葉さんは定期的に訪れるお腹の痛みに耐えていた。

「乙葉さん。何か食べれそうなものある? 出産は体力勝負だから、エネルギー入れといた方がいいわよ」
「うっ、【浦島太郎の漁師飯】ください……。あたし、食べかけだったんです」

 乙葉さんは、苦しそうに顔をしかめているけれど、一生懸命に笑顔を作っていた。そして、その笑顔をましろに向けてくれた。 

「カツオのガーリックバターしょうゆステーキなんて、反則だよね。思い出しただけで、お腹が空いちゃう。赤ちゃんも、早く出たいーってなるくらい、美味しいんだよ」
「そうだよね。たまんないよね。だから、乙葉さん……。元気な赤ちゃんを連れて、また食べに来てよ」

 ましろは、ようやく言葉を絞り出すことができた。

 本当は、しんどそうな乙葉さんを見ていることもつらかった。けれど、いつ終わるのか分からない痛みに耐えている乙葉さんに、少しでも元気になってほしかった。

「ありがとう。絶対に食べに行くから」

 乙葉さんが力をこめてましろの手を握るので、ましろもそれに応えるようにして手をぎゅっと握り直した。

「がんばれ! 乙葉さん!」



***
 夜の十時十五分。分娩室の前にいたましろは、赤ちゃんの産ぶ声を聞いた。
 弱々しいけれど一生懸命に泣いている赤ちゃんの声は、ましろの胸を熱くするには十分過ぎた。