リビングにやって来たりんごおじさんを、ましろはジロリとにらんだ。わたしはまだ許していないぞ! という気持ちを伝えてやろうと思ったのだ。ところが、ましろはりんごおじさんの顔を見ると、なぜだか泣きそうになってしまった。

「りんごおじさん、今日は楽しそうだったね。あの、茉莉花って子にモテてたじゃん」

 じわりと滲んできた涙をまばたきで誤魔化しながら、ましろはわざとトゲトゲしい声を出す。

「茉莉花? あぁ、砂原さんですね。僕がモテていたというのは、どうかと思いますが……。料理教室の先生は、少し僕には荷が重いかなと。子どもたちに料理を教えるのは難しいです」
「そうなの? そうは見えなかったよ」

 ましろが体を起こすと、りんごおじさんは「実は」とソファの隣に腰を下ろした。照れくさそうに頭をかいている。

「ずっと、ましろさんのことが気になっていたんです。教室に来てくれている子たちみんなを見ないといけないのに……」
「わたしのこと、気にしてたの?」
「時々、つまらなそうな顔をしていたでしょう? 僕は、いちばん楽しんでほしい人を笑顔にすることもできないんだと思うと、先生どころではなくなってしまって」

 りんごおじさんの意外な言葉に、ましろは驚いて目を丸くした。

 今、「いちばん楽しんでほしい人」って言った?

 恥ずかしくて聞き返すことはできなかったけれど、ちゃんと胸の中に入って来た。そして、スゥッと溶けて、イライラやムカムカを取っ払っていく。 

「りんごおじさん、ワガママ言ってもいい?」
「はい。何でしょう?」
「ちょっとだけ、甘えさせて」

 ましろは、りんごおじさんの胸にギュッと抱きついて顔をうずめた。広くて大きなりんごさんの胸は、なんだかとても安心できる。お母さん以外の大人の人に自分から抱きつくのは、ずいぶんと久しぶりな気がした。

「ましろさん。あじさいモンブランの件、本当にすみませんでした」

 りんごおじさんは、ましろの頭をなでながら言った。

「きちんと調べていれば、ましろさんをがっかりさせずにすんだのに。あんなに食べることを楽しみにしていたのに」
「うぅん。わたしが一番悲しかったのは、あじさいモンブランが食べれなかったことじゃないの」