「あの人ね、年上の男の人が大好きなんだよ。前は、中学生と付き合ってたとか、先生に告白したとか、なんか色々聞いたことあるよ」
「うえええっ! 付き合う? 告白ぅ?」

 思わず大きな声が出そうになってしまい、ましろは慌てて口を手でふさいだ。

「ま、茉莉花さんって、もしかして、りんごおじさんのこと好きなの?」
「さぁ? それはあたしには分かんないけど」

 ましろは、「まさかそんな」とつぶやきながら、もう一度茉莉花の方を見た。すると、茉莉花はりんごおじさんを上目遣いで見つめながら、しきりにりんごおじさんに話しかけているところだった。

「白雪せんせえ、もう行っちゃうんですか~? やだやだぁ!」
「すみません。そろそろ、次の手順の説明をしないといけないので……」
「茉莉花のところでしたらいいですよ。ほら、ここの包丁とまな板、使ってくださ~い!」
「いえ、そういうわけには……」

 何あれ! あのぶりっ子なに?

 ましろは口をパクパクさせながら、桃奈に視線を戻した。言いたいことはいっぱいあるけれど、言葉が出て来ない。

「あはは! ましろ、動揺してるね!」
「し、してないよ! りんごおじさんなんて、どうでもいいし!」

 桃奈に笑われたのが恥ずかしくて、ましろはぶんぶんと大げさに首を横に振った。

 ダメダメなりんごおじさんが、モテるわけないし!

 けれど、その後も事あるごとに、茉莉花は猫なで声でりんごおじさんを呼びつけていた。

「しーらゆーきせんせえ~! ひき肉って、一気に炒めていいんですか~?」
「ねぇ、せんせえ? どれくらい調味料入れるんですか~?」
「せーんせっ! 味見、していって?」

 気になる! 気にさわる!
 
 ましろはなんだかイライラしながら、カレーの入った深いフライパンを激しくかき回していた。ぐるんぐるんと、勢いよくカレー粉が混ざっていく。

「うーっ! まざれまざれ!」
「ちょ、ましろってば、分かりやすく荒れてるね」

 桃奈はあきれたように笑うと、パンの生地の丸い塊を調理台に置いた。この生地でカレーを包んで焼けば、カレーパンは完成だ。

「荒れてないもん! なんか、ちょっとイライラするだけ」
「はぁ~。そうかいそうかい」