「りんごおじさんは、あじさいモンブラン食べたくなかったんだ! わたしはこんなに楽しみにしてたのに!」

 ましろはぷいっとそっぽを向くと、傘を差して駅へと歩き出した。傘を差しても意味がないくらい、雨粒の勢いがよくて困る。

「ましろさん、待ってください!」

 その後は、りんごおじさんが話しかけて来ても無視。雨のせいで電車が遅れていて、待ち時間が暇すぎても無視。テイクアウトしてきたパンを差し出されても無視した。

 りんごおじさんのバカバカ!

 悔しくて悲しくて、ましろはりんごおじさんの顔も見なかった──、けれど、電車の中でしょんぼりしながらカレーパンを食べるおじさんの様子が強烈に気になってしまった。いい匂いに加えて、サクサクといい音までしてくる。

 う……。おいしそう。

「ましろさんも食べませんか? 美味しいですよ」

 ましろの視線に気がついたのか、りんごおじさんはビニール袋からましろの分のカレーパンを出そうとした。けれど、ましろは「モンブランの口」だと言ってしまった手前、絶対にカレーパンを食べるわけにはいかない。 

「いらない! いらないったら!」

 大きく横に首を振り、ましろはカレーパンとりんごおじさんを拒絶したのだった。





***
「えーっ! ましろ、まだ店長さんと仲直りしてないの?」

《かがみ屋》の大きな厨房のすみっこで、桃奈が驚きの声をあげた。

「わーっ! 声、大きいよ!」

 今日は《かがみ屋》の厨房で「子ども料理教室」が開かれている。ましろはアリスパパに言われたこともあって、友達の桃奈と二人で参加していた。
 それ自体はいいのだけれど、ましろはあじさいモンブラン事件以来、りんごおじさんとまともに話していなかったのだ。何を話しかけられても、「ふんっ」とツンツンした態度を取り続けて、あっという間に今日になってしまっていた。

「いただきますとかごちそうさまとか、必要最低限の会話はしてるよ」
「それ、会話じゃなくてあいさつ」
「だって、あじさいモンブラン食べたかったんだもん! 桃奈ちゃんに、お土産も買えなかったし」
「あたしのことはいいんだけどさ」

 桃奈はスネているましろを見て、それから厨房の真ん中にいるりんごおじさんを見た。