おとぎの店の白雪姫

 恩田さんが、信じられない速度でペダルを回し、信じられない速度で景色が後ろに流れていく。

 速い! 速すぎる!
 これが主婦の自転車……!

 ましろは必死に恩田さんにしがみつき、目では琥太郎君のお父さんの姿を探した。気を抜くと、見逃してしまいそうだ。

 その時、視界のすみっこにスーツ姿のおじさんがチラリと映った。汗をかきながら走っている。

 琥太郎君のお父さんだ!

 ましろはあわてて恩田さんの肩を叩き、自転車を止めてもらった。

「琥太郎君のお父さん! 迎えに来たよ!」
「君は、《りんごの木》の……」
「《りんごの木》の特別送迎サービスよ! って言っても、ここからはセルフでお願いしますね!」

 恩田さんは自転車から降りると、琥太郎君のお父さんに代わりに乗るように促した。

「乗って行ってください! 道案内は、後ろのウエイトレスがしますので。自転車は、お店に停めておいてくれたらいいです」
「え! そんな、申し訳ない……」
「琥太郎君が待ってるんだよ!」

 ためらうお父さんだったが、恩田さんとましろの二人から急かされ、自転車を発進させた。

「恩田さん、ありがとうーっ!」

 自転車の速度は、恩田さんの半分よりも遅かったけれど、それでも琥太郎君のお父さんは一生懸命にペダルをこいでいた。





***
「琥太郎っ! 遅くなってごめん!」

 琥太郎君のお父さんとましろは、大急ぎで《りんごの木》に飛びこんだ。

 すると、お店のキッチンから出てきた琥太郎君は、へろへろのお父さんの姿を見て、ホッとうれしそうな顔をした。

「父ちゃん! 遅いじゃんか!」
「ごめんな……。いつもいつも」
「とにかく、ご飯にしよ。腹減ってるよな?」

 琥太郎君は照れくさそうにお父さんの手を引いて、テーブルに座らせた。一方、琥太郎君のお父さんは、もっと怒られると思っていたのか、拍子抜けした様子だ。

「お疲れ様です! 今夜のメニューは、【大きなかぶの肉詰め】です!」

 ましろは丁寧に手洗いを済ませ、ウエイトレスとして料理を運んだ。

「春かぶをくり抜いて、その中身と合いびきミンチを合わせた肉ダネとチーズを入れて煮こんでいます。スープはトマト風味です!」

 ちゃんと言えた!