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 そして、木曜日の《りんごの木》の定休日を飛ばして、金曜日。

 ましろは、学校で吉備野桃奈から《かがみ屋》の話を聞いた。
 桃奈によると、《かがみ屋》は、おとぎ町の中でもかなり歴史のある人気旅館らしい。えらい政治家や有名な芸能人も泊まりに来るような旅館なのだ。けれど、支配人のアリスパパは、一般のお客さんや地元の人たちも大切にしている。格安で泊まれる感謝デーや、旅館主催のコンサートなんかもあるそうだ。

「《かがみ屋》さんのおじさん、息子が継いでくれるから安心だ~って、町内会の会議で話してたらしいよ」

 桃奈は、ましろにそう話してくれた。

 アリスパパのことを思うと、ましろはちょっと複雑な気持ちになってしまう。けれど、アリス君に協力すると決めたからには、アリスパパに理解してもらえるようにがんばらなければならない。



 ましろが学校帰りにお店をのぞくと、バックヤードの奥の階段からアリス君が現れた。

「二階って、そこから行くんだ」
「風呂は商店街の銭湯に行くけど、それ以外は全部そろってんだ。快適だぞ」

 有栖川家の方が広くてきれいなんじゃないかと思うけれど、多分避難場所みたいな感じなんだろうな、とましろは思った。

 ましろだって、お母さんとケンカして家にいたくないと思った時は、お友達の家に逃げこんだ経験がある。そして、お母さんと仲直りしたら家に戻った。

 アリス君も早くお家に帰れるといいね。

 ましろがそんなことを考えていると、アリス君は、明日アリスパパたちに食べてもらうスイーツの話をし始めた。

「一応できたんだ。スイーツ」
「すごいね! もう完成?」
「いつか作りたいと思ってたケーキなんだよ。でも、なんか物足りなくてさ。試食してくれるか?」
「試食、するする!」

 ましろはバックヤードのソファにぽふんっと座った。食い意地が張っているわけじゃない。アリス君に協力しているのだ。

 そして、アリス君が冷蔵庫から取り出して来たのは、緑色の生地でたっぷりのクリームを巻いたロールケーキだ。

「うわぁぁ~! おいしそう!」

 一切れお皿に切り分けてもらうと、ましろはクンクンとにおいをかいだ。

「抹茶のいい香り」
「おとぎ商店街のお茶屋さんイチオシの抹茶。カップケーキの時よりも多めに入れてる」
「クリーム、ちょっとピンク色だね」