驚きの新事実に目を丸くするましろだが、逆にアリスパパの目は三角に釣り上がる。

「このバカ息子が! アルバイト先に迷惑をかけていたのか!」
「店長がいいって言ってくれたんだ。店長は優しいし、オレのことだって理解してくれる。こんな家と比べたら天国だ!」

「こんな家とはなんだ! 《かがみ屋》は、江戸時代から続く伝統のある旅館なのだ! それを跡継ぎのお前がないがしろにするような……」
「だから、オレは旅館は継がないって言ってんだろう! オレは、パティシエになるんだよ!」
「お前のようなちゃらんぽらんに、なれるものか!」

 アリス君とアリスパパの言い争いは、どんどんヒートアップしていく。なんだか見ているこっちまで暑くなってきてしまう。

「ましろちゃん、こっちこっち」

 ふと、アリスママに小さく手招きをされて、ましろは父と息子の邪魔をしないようにこそこそと畳を膝で歩いて移動した。

「あの人も白兎も、顔を合わせたらいっつもこうなの。困っちゃうわ」

 アリスママは「はぁ~」と、上品で深いため息をついた。その言い方からすると、こんな大きなケンカはしょっちゅうあるようだ。

「アリス君、パティシエになったらダメなんですか?」
「私は、好きなことをやってほしいんだけど……。白兎、昔から何でも途中で飽きちゃって、何一つ本気でやらない子だったの。だからうちの人、今回もそうだと思ってるのよね」

 アリスママは「サッカーと野球とスケートとヴァイオリンとギターと絵画と……」と指を何本も折っている。

 アリス君って、色々させてもらってたんだ。いいなぁ。

 ちょっとうらやましいけれど、それらを投げ出して、信用を失ってしまっては元も子もない。

「でね、去年の秋に白兎が旅館を継ぐって言ったのよ。あの人、とても喜んで、家庭教師の先生や、お華やお茶の先生に来てもらったわ。やっと白兎が本気になってくれたーって」
「アリス君、旅館を継ぐつもりだったんですか?」

 ましろは、パティシエはどこにいったのかと、思わず目を丸くした。

 しかしどうやら、アリス君がパティシエを志したのは、跡継ぎ宣言の少し後。《りんごの木》でアルバイトを始めてからだったらしい。

「レストランで何か影響を受けたのかしら。いつの間にか、パティシエになるって言い始めたの」