ましろが助けを求めてアリス君を見ると、アリス君は「言うの忘れてたーっ!」と、申し訳なさそうに縮こまっていた。

「僕と花衣里さんは、同じ料理の専門学校の同期で、フランスでも同じお店で働いた仲です。でも、恋仲ではないですよ」
「あぁ。私と凛悟君の関係は、戦友やライバルといった表現がふさわしいかな」

 りんごおじさんと小折シェフの言葉に、ましろは戸惑わずにはいられない。そんなバカな、聞いていないと大慌てだ。

「えぇーっ! 待ってよ! あの名刺のメッセージは? 『約束の場所』で『君を手に入れてみせる』ってやつ! 告白じゃないの?」
「あははっ! 面白い発想だ。それはね、私が凛悟君を東京の店に引き抜くための、料理勝負の話なんだ。場所は、おとぎ料理専門学校」
「料理勝負……!」

 そういえば、りんごおじさんを尾行していた時、料理の専門学校を見た覚えがある。どうやら、あそこが「約束の場所」だったらしい。

「フランス時代は、凛悟君に歯が立たなくてね。料理コンテストも三年連続で私が二位。ようやく優勝した時には、凛悟君は日本に帰ってしまっていた」
「僕は競い合ったところで、花衣里さんのお店で働く気はないんですが」
「いやいや。勝負に負けたら、何かひとつ相手の要求を飲む約束だからね。……だから、私はあきらめずに日本でも勝負を挑んだのさ」
「日本での勝負の場所は、母校と決めていたんですよね」

 な、何それ! 

 小折シェフとりんごおじさんの会話に、ましろは頭がくらくらしてきた。
 そんな重大な勝負を、あんな紛らわしいメッセージで予告するなんて!

「ち、ちなみに勝敗の行方は?」
「もちろん、僕の勝ちですよ」
「よかったぁ~!」

 ホッと安心したましろは、へにゃりと屋台にもたれかかった。それを見たりんごおじさんは、可笑しそうに笑っている。

「すみません。不安にさせてしまっていたんですね。でも、僕はどこにも行きませんよ」
「凛悟君。それは、絶対に負ける気はないということだね? 次は分からないよ~?」

 小折シェフのいたずらっぽい言い回しに、ましろは「もう勝負しないでよ!」と叫ぶけれど、りんごおじさんはどこ吹く風。有名店のオーナーシェフに連勝して、なおかつ、まったく負ける気がないとは驚きだ。