「娘が『お父さん』のところに行くのは、自然じゃない? 姪のわたしがいたら、りんごおじさんは不自由になっちゃうし」
「ましろさん、僕はそんな……」

 ちょうどその時、ましろを捜していたアリス君がホテルの前に現れた。走り疲れた様子だったけれど、ましろの姿を見て「よかったーっ! いたーっ!」と、大きな息を吐いていた。

「アリス君! 今日、《かがみ屋》さんに泊めてよ! おこずかい全部出すから!」

 ましろはりんごおじさんの横をすり抜けて、アリス君に駆け寄った。そして、アリス君の背中にしがみつく。

「は? いいけど、なんだよ急に」
「マンションには、帰りたくない」
「帰りたくないって、お前……。店長、なんかあったんすか?」

 話の経緯を知らないアリス君は、困ってりんごおじさんに助けを求めたけれど、りんごおじさんは答えなかった。

 そして、アリス君の背中に顔をうずめていたましろには、りんごおじさんがいったいどんな表情をしていたかは分からなかった。

「アリス君……。ましろさんをお願いできますか?」
「凛悟君! こういうことは、きちんと話さないといけないんじゃないかい?」
「花衣里さん、巻き込んでしまってすみません。でも、大丈夫ですから。……アリス君、頼めますか?」

 心配そうな小折シェフをなだめると、りんごおじさんはもう一度アリス君にお願いをした。一方のアリス君は、とても戸惑っていたけれど、「分かりました」とうなずいた。

 バイバイ。りんごおじさん……。



***
「何泊できるかな? 今、お財布には二千円しかないけど、銀行には貯金があるよ」

 ましろは《かがみ屋》旅館の一室で、お財布の中身を確認していた。
 ここは、アリス君がご両親にお願いして用意してくれた部屋だ。窓から白鷺川や神社仏閣が見えて、なかなか贅沢な気分になる。

「財布はしまっとけ。父さんと母さんが、ましろには大サービスするってさ。何泊でもしていい……って、言ってたけど、オレは早く店長と仲直りした方がいいと思うぞ」

 アリス君は、ましろをここに連れて来てからずっと部屋に居てくれていた。ごろんと寝転がっているけれど、本当はとてもましろが心配で、様子を見守ってくれているのだと思う。

「りんごおじさんと、ケンカしたわけじゃないもん。ただ、わたしが帰らないって決めたの!」