黙っている時間の方が長いからか、いつの間にかリンゴジュースとホットケーキが運ばれてきていた。キラキラのグラスに入ったリンゴジュースと、二段重ねのふっくらとしたホットケーキは、美味しそうだけれどなかなか手が伸びない。なんだか、食欲が湧かなかった。

「悲しい時、そばにいてやれなくてすまなかった」
「いなかったのは、悲しい時だけじゃないじゃん」
「……そうだな。お父さんは、ずっといなかったもんな」

 お父さんはコーヒーをひと口だけ飲むと、そっとお皿の上に戻した。もう、昔のガラス玉みたいな目はしていなくて、キリリと光る黒い宝石みたいな目だと思った。

「ましろ、お父さんと暮らさないか?」

 お父さんのよく響く声が、ましろの耳の中でコダマした。

「お父さんと、暮らす?」

 少しも想像していなかった言葉に、ましろは戸惑った。思わずきょろきょろしてしまうけれど、誰かが代わりに答えてくれるわけはない。お父さんは、ましろの答えを待っている。

 そして、ましろは「どうして?」とだけ、しぼり出した。
 するとお父さんはましろに渡した名刺を指差して、再び口を開く。

「お父さんな、五年前にやっと弁護士になれたんだ。あの時は心に余裕がなくて、ましろたちと別れることを選んだが、今は違う。今なら、きちんとましろと向き合える。養ってやることもできる」
「弁護士さん……。《美鏡法律相談所》……」

 名刺には、弁護士事務所の名前と電話番号、そして住所が載っていた。住所は東京だった。

 また東京だ。

 その文字を見るだけで、ましろはなんだか胸が重たくなった。
 けれど、お父さんは気がつかずに続けた。

「ましろ、今は凛悟君の所で世話になっているだろう? レストランの手伝いをしているところも見たよ。住まわせてもらうのが申し訳なくて、手伝っているんだろう? 肩身が狭い思いをして、可哀想にな」
「違うよ……!」

 つい、大きな声が出てしまった。

「わたしは、りんごおじさんと《りんごの木》に恩返しがしたくて、お手伝いしてるの! わたしは、かわいそうじゃない!」
「ま、ましろ! 落ち着け!」

 お父さんは、周りを気にして慌てていた。けれど、ましろは止まらなかった。昨日から溜まっていた気持ちが、ダムが壊れたみたいに溢れてきたのだ。