そこには、きれいなスーツを着た男の人が立っていた。鋭い目をした顔に見覚えはない。それは、お父さんがましろが小さいころに出て行ってしまい、ましろはお父さんのガラス玉のような目しか覚えていないから。

 けれど、声は覚えていた。「もう疲れたんだ。自由にしてくれ」と、力なく言い放った声の主は、間違いなく目の前の男の人だ。

「どうして、お父さんがここに……」

「お前に会いに来た。少し、話す時間はあるか?」

 ましろはスマートフォンをギュッと握りしめながら、黙ってうなずいた。

 アリス君、ごめん……!



 ***
 ましろのお父さんの名前は、美鏡七人(みかがみななひと)。ましろは、それは覚えていたけれど、お父さんは名刺をくれた。

「好きなものを頼んでいいから」

 食い入るように名刺を見ていたましろの前に、お父さんはメニュー表をトンと置いた。

「うん。ありがと……」

 ましろはお父さんに連れられて、駅の近くにある大きなホテルの中のカフェに来ていた。
 結婚式もできてしまうくらい大きくて立派なホテルで、もちろんカフェも立派だ。天井にはシャンデリアがぶら下がっていて、とてもまぶしい。真っ白のテーブルクロスには金色の刺繍がほどこされているし、ソファはふかふかすぎて、むしろ落ち着かない。

 ましろはメニュー表を見つめるけれど、食べ物の写真やイラストがなく、小さい日本語と英語ばかりでピンと来ない。けれど、値段は見ただけで分かる。

 すっごく高いお店だ。

「リンゴジュースが飲みたい……」
「それだけか?」

 ましろが遠慮がちに言うと、お父さんは顔をしかめたまま、店員さんを呼んだ。

「ブレンドコーヒー。リンゴジュースとホットケーキをこの子に」

 ホットケーキ?

 ましろが「えっ?」と顔をあげると、お父さんは「子どもが遠慮するんじゃない」と言いながら、お水を少しだけ飲んだ。

「……お母さんのことは、残念だったな」

 唐突に、お母さんの話になった。
 ましろは息苦しさを覚えながらも、正面からお父さんを見つめた。

「誰から聞いたの?」
「お母さんと共通の友達から。つい最近だが……。つらかったな、ましろ」
「うん……」