ましろはりんごおじさんを尾行するべく、《りんごの木》の入り口から少し離れた電柱の陰に隠れていた。

 ランチ営業の片付けを終えたりんごおじさんは、お店の表、もしくは裏口から出て来るはずだ。そのため、ましろは表の入り口、アリス君は裏口を見張っている。そしてりんごおじさんが出て来次第、スマートフォン(アリス君は二台持ちなので、ましろは一台借りた)で連絡を取って合流するという予定だ。

「あっ!」

 そうこうしている間に、りんごおじさんが出て来たではないか!

 ましろは急いでスマートフォンで『出て来たよ!』とアリス君にメールを送ると、そっと静かに、りんごおじさんの後を追った。

 そして、りんごおじさんは軽やかな足取りでおとぎ商店街を歩いて行く。少し離れた場所から見ていても、機嫌がいいと分かる。 

 ふと、ましろはりんごおじさんが「相手の喜ぶ顔を想像するだけで、心が踊って、あたたかくなりますよ」と、恋の話をしていた時のことを思い出した。

 今のりんごおじさんは、心が踊っているのかな……。

 そう考えると、なんだか胸の奥がチクリと痛くなって、モヤモヤとしてきた。昨日よりもさらに、モヤモヤだ。

 何、この気持ち。わたし、変だ。

 一瞬、ましろの足が鉛玉みたいに重たくなったのは、ある建物の前にいる小折シェフが、りんごおじさんを見つけて大きく手を振っている様子を見たからだ。

「やぁ、凛悟君! 会いたかったよ!」
「お久しぶりです。花衣里さん」

 嬉しそうににこにこと笑い合う二人姿に、ましろは立ちすくむ。

「待って……。行かないで!」

 わたしをひとりにしないで。

 ましろは、重たい手を伸ばす。りんごおじさんに届かない距離だと分かっているけれど、りんごおじさんが遠く遠くへ行ってしまう気がして、手を伸ばさずにはいられなかった。

「……ましろ、だな?」

 その時、背中側から名前を呼ばれた。

 低くてよく響く声。ましろの知っている男の人の声。反射的に、体が縮こまってしまう声──。

 ましろは、勇気を出して振り返った。

「久しぶりだな。ましろ」
「お父さん……?」