さすがにうるさかったのか、りんごおじさんがキッチンから飛んで来た。そして、例の名刺に目を留めた。

「それは?」
「えっと、さっき来た人が、りんごおじさんに渡してって」

 ましろが名刺を手渡すと、りんごおじさんはハッとした様子でそれを見つめた。なんだか嬉しそうにも見える。

「……裏側、見ました?」

 ジロリとりんごおじさんの視線が突き刺さった気がして、ましろとアリス君は縮み上がった。メガネが光っていて怖い。

「みっ、見てません!」
「見てないっす」

 二人が首を横にぶんぶんと振ると、りんごおじさんはにっこり笑って名刺をエプロンのポケットにしまった。

「そうですか。なら、いいです。さぁさぁ、仕事に戻りますよ~!」

 笑顔が怖い。

 そして、りんごおじさんは再びキッチンへ戻って行った。

「はぁ~っ!」

 ましろとアリス君は、そろってため息をついて、顔を見合わせた。
 やはり、勝手に見るべきものではなかったのかもしれない。けれど、見てしまったからには気になってしまう。

「約束の場所って、どこなんだろ」
「知るわけないだろ。そうだ、明日、店長を尾行するか!」
「尾行?」

 尾行なんて、刑事ドラマでしか見たことがない。その尾行を、自分たちでやるというらしい。

「そんなことしていいの?」
「だって、気になるだろ。店長が小折シェフの告白をオッケーしたら、どうなると思う?」
「……お付き合いが始まるんじゃない?」

 ましろは、少女マンガの『恋してらびゅーん』を思い出して言った。
 マンガでは、俺様気質なイケメンヒーローが内気なヒロインに甘いセリフで告白する。それこそ、「お前を手に入れるためなら、なんだってするさ!」と熱く叫ぶ。そして、現在はカップル編が連載中だ。

「そんな単純な話じゃないと思うぞ、オレは」
「どういうこと?」
「《テーブル・ディ・エスポワ》は、東京の! 大人気の! 高級レストランだ! 小折シェフが、そんなすごい店をたたんでおとぎ町に来ると思うか?」
「遠距離恋愛……するんじゃない?」

 ましろが言うと、アリス君は「いやいや~」と首を横に振った。

「『君を手に入れてみせるからね』って、東京に連れて行く気マンマンだろ」
「た、たしかに!」