「鈴木先輩」

「あっ…」



姿勢の良い背中に向かって俺が話しかけると黒い髪がふわっと舞って顔が見える。

立花さんに美人系と言ったのは間違いなかったようだ。

俺は丸テーブルに近づいて鈴木先輩に話しかける。



「隣いいですか?」

「はい」



丁寧に用意されていたもう1つの椅子はきっと保健の先生が出してくれたのだろう。

俺は有り難く椅子に座る。



「まずは自己紹介ですね。俺は2年3組の九音ヒロです。呼び方は好きなように呼んでください」

「鈴木藍子です。一応3年1組です」

「鈴木先輩、時間取ってもらってありがとうございます」



早くamaの話をしたいと心の中では思ってしまうが、自己紹介もせずに進めるのは良くない。

落ち着いた様子を装っている俺だけど内心は焦りと緊張があった。



「お昼食べたんですか?」

「いえ、まだ…」

「それなら一緒に食べません?俺もちょうどお弁当持ってきているので」

「私、何も持ってきてないから」

「え?お腹空きませんか?良かったら食べます?」

「あっそういう意味じゃなくて、私昼休み終わったらいつも帰ってるの。午前中だけここで過ごしているから」

「なるほど。なんか俺のために時間取ってもらってすみません」

「ううん。大丈夫。いつも帰るのは5時間目始まった時だから。そうすれば生徒達と会わなくて済むし」

「そっか、授業中なら誰も廊下に出ませんからね」

「うん…」



思ったよりも質問に返してくれて安心する。

完全に拒絶されたらどうしようかと頭の隅では考えていた。

しかし、ここで問題が発生する。

amaの曲の話題に繋げるまでの会話が無くなってしまった。

元々話題なんてものは無かったのだが、保健の先生に提供してもらった話題も話の中で使えなくなってしまう。

数分の沈黙が訪れてるが、俺からしたら1時間の沈黙と同じくらい気まずい空気が流れた。



「えっと…」

「はい?」



チラッと外を見ると今日は曇り。

雨まではいかないけど流石に良い天気とは言えない。

保健室にも珍しい物は置いてなく、話題の材料はこれっぽっちもなかった。

早くしないと時間だけが過ぎてしまう。

焦る俺とは裏腹に考えが全く浮かばない。

これほど緊張したのは小学生のピアノコンクール以来だ。

いつもの悟や立花さん、光流と言った人達とは違う雰囲気を持つ鈴木先輩。

俺の周りにいる人達はお喋りな人が多いと感じさせられる。



「お弁当食べなくて良いの?」

「え?あっ、食べます!」

「私のことは気にしないで食べて良いから」



俺は座った太ももの上に置きっぱなしの袋を見て、お弁当の存在に気づく。

時間を見ると今から食べ始めなければゆっくりとは食べれないだろう。

俺は先輩に軽く頭を下げて、お弁当を取り出した。



「いただきます」

「………」



おかずやご飯を口に含んでいる間、何を話すかを考える。

お弁当箱に目新しいものはない。

せめて近未来的なお弁当箱だったら何か話せたかもしれないが。

食べている間、やはり沈黙になる。

保健の先生が登場してくれないだろうか。

願っても扉が開く気配はしない。

そんな無駄な願いをしていても時間はどんどん過ぎていく。

鈴木先輩はついに本を取り出して読み始めてしまった。

今日は失敗だ。

本気でそう思って、本気で後悔した。



「ご馳走様でした…」



すっからかんのお弁当箱。

すっからかんの俺の心。

情けない。

ただただ、そう思った。

時刻は予鈴5分前。

そろそろ教室に戻った方がいい。

俺はお弁当箱を片付けて椅子を立つ。



「そろそろ行きますね」

「うん。じゃあね」



俺は先輩に頭を下げて扉へ向かった。

…向かって止まった。



「やっぱり駄目だ!」

「え?」



また引き返して先輩の前に立つ。

座った先輩の目線に合わせるように膝をつけて屈んだ。



「誘ったのは俺なのに何も話せなくてすみません!でも、明日こそは絶対話題を考えてきますので!」

「あっ、はい」

「後、会った時から思っていたのですが!」

「え?」

「先輩の髪綺麗ですね!!それじゃあ失礼します!」



逃げるように俺は保健室から出る。

自然と早足になってしまって駆け上がるように階段を登って教室まで歩く。

思い返したくなかったけど、無意識にさっきの言葉が頭に浮かんできて顔が熱くなる。



「髪綺麗ですねってなんだよ…!それに膝ついて話すっておとぎ話かよ…!」



誰が聞いているかわからなかったから小声で恥ずかしさを紛らわすように放つ。

すると目の前に知った背中を見つけて突撃した。



「うぉ!」

「悟。俺やったわ」

「は?何?全然読めない!てか本当に何?」

「最悪」

「人の顔見て最悪とはなんだ!」



俺は悟の背中を軽く叩きながら独り言をぶつぶつと呟いた。

教室についてからも悟は立花さんにヒロがおかしくなったと言って2人を心配させてしまった。

それでも俺は後悔と落ち込みが激しくて何も言えないまま午後の授業が始まっていた。