一度だけ来たことのあるこの場所。
人生初めてのライブは良い場所で良い席でと思って応募して見事当たった。
その時は本当に嬉しくて子供の時の遠足のようにワクワクが止まらなかった。
「大きい…」
今日は何もイベントがない。
だから大きく、広く感じる。
ここに人が沢山いるとまた違った顔を見せる会場。
俺と藍子先輩はアイドルやアーティストが大きなライブをする場所で有名な会場に来ていた。
「物販テントは確かあそこら辺にありました。あとそこの場所で生写真のトレードしたり、ファン同士で写真撮ったりしてましたね」
「ヒロくんも来たことあるの?」
「はい。amaのライブじゃなくて他のアイドルグループのライブですけど」
「凄いなぁ」
「本当に凄かったです。到着した時には雰囲気に飲み込まれそうになりましたから」
「なんか想像できる。ライブ会場って熱いもんね」
「ファンも、スタッフもメンバーも熱気で盛り上がっていましたよ」
初めてのライブ参戦はずっと周りをキョロキョロしていた気がする。
ライブ常連ファンからしたら初心者丸出しだろう。
それでも話しかけてくれる人や、道を聞いたら教えてくれる優しいファンが沢山いて嬉しかった記憶もある。
みんなタオルを首にかけて、ペンライトやうちわをバッグに入れて笑顔で会場内に向かっていて…。
あの時の楽しいという感情はずっと俺の心に残っていた。
「1周してみませんか?」
「いいね。結構大変そうだけど」
「疲れたら言ってください。行きましょう?」
「うん」
手を繋ぎながら隣に並んで歩き出す俺達。
先輩も慣れたのか、この会場の雰囲気がテンションを上げてくれるのか照れて赤くなっている様子はなかった。
「ライブはどんな感じだったの?」
「とにかく凄かったです。曲ごとにペンライトが変わって振り方も全部一緒じゃないんですよ。盛り上がる曲とゆったりした曲で縦振りだったり、横振りだったりして」
「そうなんだ。コールとかもする?」
「俺初参戦で喉枯らしました。最初はちょっと恥ずかしいなとか思って拍手しているだけだったんですけど、いつの間にか声出してコールしてたっていう」
「ふふっ、凄いね。アイドルのライブって言ったらコールだもんね」
「枯らしても後悔はしなかったんですよ。満足感が勝ったので」
「そっかー。でも行ったファンの人みんなそう言うよね。SNSの感想会で」
「確かに」
先輩と会場周りを歩きながら思い出話をする。
アイドルのライブに行ったことない先輩は話を聞いているだけでも楽しそうで、俺に色々と質問してくれた。
半周回っても話は絶えない。
「ヒロくんは1人で行ったの?」
「一緒に行く相手が居ませんでした」
「あー、やっぱりアイドル好きな人ってなかなか見つけられないよね」
「本当ですよ。家族連れて行こうにも連れて行けないし、当時の友達はアイドルに全く興味ないしで…」
「それなら次は私を誘ってよ。同盟だから」
「そういえばそうでした。同盟すっかり抜けてた」
「もー。同盟を忘れるなんて」
泣いて、泣かせてしまった時とは一変して俺達は笑い合う。
この時間が幸せというのだろうか。
長い距離だったはずの会場周りはいつの間にか出発地点へと戻っていた。
横にいる先輩は笑っていて楽しそうだ。
俺は向き合うように体を変えて先輩を見る。
ここなら伝えられる。
行動はしたから次は言葉だ。
「先輩」
「何?」
「アイドルの現実って辛いことだけじゃないんです。アイドルになればこの場所の中心に立てるし、ここよりも大きいステージだって立てます。よくアイドルの人は言うじゃないですか。ファンの笑顔が見れて嬉しいって。俺、あの言葉は嘘じゃないと思います。だって人の笑顔って誰かを幸せにして前に進めてくれるから」
俺は先輩の手を離す。
2人の温かさが1人の体温に戻る。
名残惜しいけど、俺はこの手を掴んではいけない。
「先輩はもうアイドルですよ。俺を笑顔にしてくれた。九音ヒロというファンが居るんです。先輩はアイドルです」
ちゃんと言えてるだろうか。
先輩に想いが伝わっているだろうか。
でも俺は言えた。
1番先輩に言いたかったことを。
先輩は俺のアイドルだって。
「現実見せるってそういうことか。ヒロくんらしいね」
「どうしても知って欲しかった。アイドルは辛い職業じゃないって。このやり方はおかしいですか?」
「全くおかしくない。むしろここに連れてきてくれてありがとう。この場所で、この時間、そしてヒロくんが言ってくれた言葉。全部が揃わなかったら私は誤解したままだったかもしれない」
「伝わって良かったです」
「アイドルってさ。人によっては恥ずかしいとか馬鹿らしいとか思う人もいる。でも私忘れてた。アイドルがこの世界で1番人を笑顔にできる職業だって」
先輩が眩しい。
俺は目を細めて先輩の姿を焼き付ける。
すると先輩は笑顔で俺に手を差し出した。
「ねぇ、次は私がヒロくんを笑顔にする。だから連れて行っても良い?」
「俺をアイドルにするつもりですか?」
「それでもいいよ。私は夢を見せるんじゃない。その人が夢を掴めるように連れて行きたい」
「もう、連れられてますよ…」
「ヒロくん?」
「先輩。俺、先輩のこと…」
好きです。
「応援してます」
「ありがとう。ヒロくん」
俺は差し出された先輩の手を1回握って離す。
先輩は手を繋ぐと思っていたのか、首を少し傾げた。
俺はもう触れなかった。
先輩の夢を応援するために。
自覚した恋心を隠すために。
俺は今日この場所で、失恋ではなく恋を終わらせた。
人生初めてのライブは良い場所で良い席でと思って応募して見事当たった。
その時は本当に嬉しくて子供の時の遠足のようにワクワクが止まらなかった。
「大きい…」
今日は何もイベントがない。
だから大きく、広く感じる。
ここに人が沢山いるとまた違った顔を見せる会場。
俺と藍子先輩はアイドルやアーティストが大きなライブをする場所で有名な会場に来ていた。
「物販テントは確かあそこら辺にありました。あとそこの場所で生写真のトレードしたり、ファン同士で写真撮ったりしてましたね」
「ヒロくんも来たことあるの?」
「はい。amaのライブじゃなくて他のアイドルグループのライブですけど」
「凄いなぁ」
「本当に凄かったです。到着した時には雰囲気に飲み込まれそうになりましたから」
「なんか想像できる。ライブ会場って熱いもんね」
「ファンも、スタッフもメンバーも熱気で盛り上がっていましたよ」
初めてのライブ参戦はずっと周りをキョロキョロしていた気がする。
ライブ常連ファンからしたら初心者丸出しだろう。
それでも話しかけてくれる人や、道を聞いたら教えてくれる優しいファンが沢山いて嬉しかった記憶もある。
みんなタオルを首にかけて、ペンライトやうちわをバッグに入れて笑顔で会場内に向かっていて…。
あの時の楽しいという感情はずっと俺の心に残っていた。
「1周してみませんか?」
「いいね。結構大変そうだけど」
「疲れたら言ってください。行きましょう?」
「うん」
手を繋ぎながら隣に並んで歩き出す俺達。
先輩も慣れたのか、この会場の雰囲気がテンションを上げてくれるのか照れて赤くなっている様子はなかった。
「ライブはどんな感じだったの?」
「とにかく凄かったです。曲ごとにペンライトが変わって振り方も全部一緒じゃないんですよ。盛り上がる曲とゆったりした曲で縦振りだったり、横振りだったりして」
「そうなんだ。コールとかもする?」
「俺初参戦で喉枯らしました。最初はちょっと恥ずかしいなとか思って拍手しているだけだったんですけど、いつの間にか声出してコールしてたっていう」
「ふふっ、凄いね。アイドルのライブって言ったらコールだもんね」
「枯らしても後悔はしなかったんですよ。満足感が勝ったので」
「そっかー。でも行ったファンの人みんなそう言うよね。SNSの感想会で」
「確かに」
先輩と会場周りを歩きながら思い出話をする。
アイドルのライブに行ったことない先輩は話を聞いているだけでも楽しそうで、俺に色々と質問してくれた。
半周回っても話は絶えない。
「ヒロくんは1人で行ったの?」
「一緒に行く相手が居ませんでした」
「あー、やっぱりアイドル好きな人ってなかなか見つけられないよね」
「本当ですよ。家族連れて行こうにも連れて行けないし、当時の友達はアイドルに全く興味ないしで…」
「それなら次は私を誘ってよ。同盟だから」
「そういえばそうでした。同盟すっかり抜けてた」
「もー。同盟を忘れるなんて」
泣いて、泣かせてしまった時とは一変して俺達は笑い合う。
この時間が幸せというのだろうか。
長い距離だったはずの会場周りはいつの間にか出発地点へと戻っていた。
横にいる先輩は笑っていて楽しそうだ。
俺は向き合うように体を変えて先輩を見る。
ここなら伝えられる。
行動はしたから次は言葉だ。
「先輩」
「何?」
「アイドルの現実って辛いことだけじゃないんです。アイドルになればこの場所の中心に立てるし、ここよりも大きいステージだって立てます。よくアイドルの人は言うじゃないですか。ファンの笑顔が見れて嬉しいって。俺、あの言葉は嘘じゃないと思います。だって人の笑顔って誰かを幸せにして前に進めてくれるから」
俺は先輩の手を離す。
2人の温かさが1人の体温に戻る。
名残惜しいけど、俺はこの手を掴んではいけない。
「先輩はもうアイドルですよ。俺を笑顔にしてくれた。九音ヒロというファンが居るんです。先輩はアイドルです」
ちゃんと言えてるだろうか。
先輩に想いが伝わっているだろうか。
でも俺は言えた。
1番先輩に言いたかったことを。
先輩は俺のアイドルだって。
「現実見せるってそういうことか。ヒロくんらしいね」
「どうしても知って欲しかった。アイドルは辛い職業じゃないって。このやり方はおかしいですか?」
「全くおかしくない。むしろここに連れてきてくれてありがとう。この場所で、この時間、そしてヒロくんが言ってくれた言葉。全部が揃わなかったら私は誤解したままだったかもしれない」
「伝わって良かったです」
「アイドルってさ。人によっては恥ずかしいとか馬鹿らしいとか思う人もいる。でも私忘れてた。アイドルがこの世界で1番人を笑顔にできる職業だって」
先輩が眩しい。
俺は目を細めて先輩の姿を焼き付ける。
すると先輩は笑顔で俺に手を差し出した。
「ねぇ、次は私がヒロくんを笑顔にする。だから連れて行っても良い?」
「俺をアイドルにするつもりですか?」
「それでもいいよ。私は夢を見せるんじゃない。その人が夢を掴めるように連れて行きたい」
「もう、連れられてますよ…」
「ヒロくん?」
「先輩。俺、先輩のこと…」
好きです。
「応援してます」
「ありがとう。ヒロくん」
俺は差し出された先輩の手を1回握って離す。
先輩は手を繋ぐと思っていたのか、首を少し傾げた。
俺はもう触れなかった。
先輩の夢を応援するために。
自覚した恋心を隠すために。
俺は今日この場所で、失恋ではなく恋を終わらせた。