「なんか高校で初めての早退ですよ」

「私のせいでごめん…」

「いや、そう言う意味じゃなくて、良い経験というか…」



学校を出た後、俺と藍子先輩は2人並んで歩いていた。

最初に俺が早退という言い訳で学校を出た後に数分して先輩が職員玄関から出てくる。

その際一緒にいた保健の先生には親指を立ててグッドポーズをされた。

俺は軽く頭を下げて挨拶すると先輩と学校の敷地内から解放される。

サボりという言葉ではないけど、元気なのに授業を抜け出して帰るのはなんだかソワソワしてしまう。

藍子先輩は既に泣き止んでいて、絶対に側にいなければいけない状態ではなかった。

これからどうしようかなと考える。



「ヒロくんは…」

「ん?」

「夢ってある?」



先程よりもゆっくり速度になった先輩に合わせるように俺は歩幅を小さくする。

夢を聞かれても俺にはそんなものはない。

幼稚園の時も、小学生の時も、ありきたりな夢なんてものは考えなかった。



「無いですね。本当進路どうしようとか迷ってます」

「そっか」

「急にどうしたんですか?」

「…私の夢って現実味ないし子供っぽいかなって思っちゃって」



歩くのをやめてゆっくり止まる先輩。

俺も釣られて止まった。

なんでそんなことを言う。

先輩自身が否定したら全て終わりだろう。

でもこのまま言ったらきっとまた傷つけてしまう。

何か良い言葉がないか探る。



「自分の状況を考えずにただ夢を語るって小さい子がやることだよね。私はそれをやっている」

「……」

「なんでアイドルになりたいか聞かれても決定的な理由がないの。自分でもわからない。それにいつからその夢を見ていたのかも」



先輩の意見を聞いては俺の中に染み込まれる。

夢があるのは誇らしいことだ。

でも今の俺がそんなことを言っても説得力はないし先輩を応援することだってできない。

俺が何かを言っても無駄。



「もう、夢を見るのを辞めた方がいいのかな?現実をちゃんと見ないとダメなのかな…?」

「先輩」


もう聞きたくなかった。

止める方法、それは言葉がダメなら行動だ。

瞬時に思った俺は先輩の手を掴んで歩き出す。



「ちょっ、ヒロくん!?」

「俺が現実を見せますよ。着いてきてください」



顔も見ずに俺は先輩を引っ張る。

それでも痛くならないように力は入れなかった。

先輩は驚いた声を出しながら着いてくる。

俺が繋いでいるから当たり前なのだが。

俺は歩きながらスマホを取り出してマップの検索をかける。

いつもは開かないマップアプリは操作方法がよくわからなかった。

でも適当に押したり、動かしたりして場所を特定する。

向かう先はここから駅5個分。

帰りの2人分の電車賃も混ぜても手持ちはギリ足りる。

俺は先輩に有無を言わさずに駅に向かった。



「ヒロくん?どうしたの?」

「後で教えるから」

「ごめん。私変なこと言っちゃった?」

「言ってました。だから現実を見せるんです」

「っ、ごめんなさい…」



俺は先輩の声でハッとして立ち止まる。

急に止まったから先輩は俺の背中へとぶつかった。

振り返ると先輩はまた目に涙を溜めて何度も謝っている。

衝動的に動いた自分を悔いた。



「ごめん…ごめんなさい…」

「先輩謝らないでください。俺もすみません。つい…」

「ごめんなさい…」



今流している先輩の涙は完全に俺が泣かせたものだ。

友達を泣かせることなんてなかったし、ましてや歳上を泣かすことすら経験してない。

どうしたら泣き止んでくれるかが知らずに頼りなくオロオロとしてしまった。



「先輩すみません」

「ごめ、ん」

「えっと、その…これからデートに行きます!」

「……へ?」

「だからデートです!ちゃんとエスコートするし、電車賃も出すから着いてきてほしいです!夕方には帰りますので!」



咄嗟に出た言葉、「デート」に先輩は顔を赤くする。

涙は徐々に止まって目を丸くしていた。

俺は繋いでいた手を一度ギュッと握って手を持ち上げる。



「デートなので手は繋ぎます」

「ま、待って!よくわからないんだけど!」

「黙って俺に着いてきてください!」



また俺は先輩を引っ張って歩く。

恥ずかしさが後々からやってくるけど止まらなかった。

背後では先輩の狼狽える声が聞こえる。

俺はそれを気にしながらも駅の中へと入って行った。