「でも紗凪先生から聞いた話だとちょくちょくお喋りしているって…」

「えっと、先輩との関係が悪いとかそういうのではないです。少し昨日トラブルがあって先輩を傷つけてしまいました」

「九音が、か?」

「俺の…家族です」

「そうか…」



田所先生は腕を組んで考えているようだった。

チラッと職員室の扉を見るが保健の先生が来た気配はない。

もしかしたら今日、俺が来ないから先輩と一緒に保健室にいるのかもしれなかった。

その前に先輩は学校に来ているのだろうか。

昨日のことがあって精神的に病んでしまったら学校どころないはずだ。

だんだんと心配が増えていく俺の表情には田所先生は気付かず「んー」と唸っていた。



「実は今日の3時間目くらいかな?久しぶりに藍子さんのところに行ったんだ。藍子さんが2年生の時は僕にも時間の余裕があったからちょくちょくギター持って弾いてみたこともあったなぁ。でも今年は1年生の担任になったから時間も取れなくて…」

「先輩は来てたんですね!?どんな様子でした!?」

「えっと、心ここに在らずって感じ。俺が言った時は勉強していたけど雰囲気からして体調は悪そうだった。いや、藍子さんの場合心調か?」

「そう、ですか……」

予想通りだった。

夢に向かって進もうと頑張ったのに母さんの一言で打ち砕かれてしまった。

あの後母さんとは話してないけど、母さんの言った言葉に間違いはなかった。

けれども先輩の意思を壊したことには変わりない。

母さんに対して許せないとか、信じられないとかそんな気持ちよりも先輩に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

でも今の先輩の状況を母さんに話したら余計にアイドルにはなれないと言われてしまう。

夢を知ってる俺がなんとかしなければならない。

けれどどうやって?

先輩を笑顔に元気にさせたところでアイドルの現実は変わらない。

それなら夢を諦めさせる?

…そんなこと出来ない。

悶々とした気持ちが俺の中で言い合いをしている。

すると田所先生は小さく笑った。



「すまない。少し思い出して。いや〜青春だなぁ。僕も初めて好きな子が出来た時にそんな風に自分の中で葛藤してたよ」

「べ、別に藍子先輩に恋心持ってるわけじゃ…」

「これはあくまで僕の感覚だ。自分の中の思い出と照らし合わせると似てるなと思っただけ」

「なんか保健の先生もそんなこと言ってた気がします」

「ははっ、紗凪先生も考えることは一緒か!」

「なんか呼んだ〜?」



田所先生が笑うと職員室の本棚から顔を出した保健の先生。

いつの間にと思って俺と田所先生は目を合わせる。

保健の先生はファイルを持って俺達のところに来た。



「九音くんいつまで経っても来ないから今日は何か用事あるのかなと思ったよ。田所先生に連れて来られたの?」

「そうですね!僕が九音を誘いました!なにせ音楽の共通点がある2人なので」

「あらそうだったの。今日は保健室来ない?」

「えっと…藍子先輩の様子を聞きたくて先生を待ってました」

「えっ!私を待ってたの?それなら保健室に来ればいいのに!」

「紗凪先生。九音は藍子さんの様子が気になるからあえて会わないようにここに来たんですよ」

「あー、なるほどね」



保健の先生は納得したように頷く。

するとファイルを左脇に挟んで右手を顎下に持って考える仕草をした。



「まぁいつもよりは元気無いかもしれないね。でも藍子ちゃん今日も朝みんなと同じ時間に登校したんだよ?」

「そうなんですか?」

「うん。今日は会わなかったんだね。それもそっか。結構早い時間に来ていたから」



先輩は休むことなく昨日と同じで他の人と一緒の時間に登校したらしい。

それならば吹っ切れたのか。

いや、吹っ切れたのなら心ここに在らず状態にはならないだろう。

きっと無理している。

自分でもどうしていいのかわからないはずだ。

俺と同じで。



「ちょっと保健室行ってきます」

「りょーかい!じゃあ僕は次の授業の準備始めるか!」

「はーい。いってらっしゃい」

「田所先生達ありがとうございました」



俺はお辞儀をして職員室から去った。

同じ階にある保健室に向かうため。

まだ昼休みの時間は10分ある。

お弁当なんて今日は抜きにしたっていい。

それよりも藍子先輩と話す方が大事だ。

さほど距離は遠く無いのに俺は早歩きで先輩の元へと行った。



「青春ね〜」

「本当ですね。応援したくなりますよ。それにしても九音、紗凪先生のこと保健の先生って呼んでいるんですか?」

「たぶん関わりも少なかったから名前知ったの最近なんじゃない?だけど今更恥ずかしくて呼べないとか。本当、真面目な人ほど可愛い性格してるわ〜」

「目が危ないですよ」