【完結】僕の恋を終わらせるか、君の夢を終わらせるか

今日は少し曇っている。

雨が降ってくるような雲ではないが、太陽は隠れていた。

私はあの後紗凪先生に見送られて帰宅すると、宣言通りにふりかけご飯を食べた。

インスタントの味噌汁も付けて。

そして少し休憩するとカラオケ店へと向かう。

現在は午後の2時。

待ち合わせまで2時間もある。

しかし私は家でじっとはしていられなかった。



「あー、あー、あー」



音程を変えながら声を出す。

この方法が合っているのかはわからないけど、やらないよりはやった方がいい。

私はウォーミングアップとして音程を確認していた。



「……光を見つけるために息をするー」



既に歌う曲は決めていた。

ヒロくんお気に入りのデビュー曲ではない。

私が歌いやすい曲を選んだ。

けれどもこれもamaの曲。

そこは譲らずに歌いたかった。

もしかしたら私も頑固な部類に入るのかもしれない。

そう考えたらなんだかヒロくんと似ていると思えて、緊張が軽くなった。



「無色の僕はー」



うん。

やはい勝負歌はこれだ。

音程も取りやすく、私の声の高さに合っている。

この曲はシングル曲ではなく、カップリング曲という表題曲を支えるものだ。

amaのことを少しだけしか知らない人はきっとわからないだろう。

CDを持っていなかった私も、この曲の存在に気付くのは遅かった。



「後進なんてするなーー……ふぅ」



私は1曲歌い終わった達成感に浸る。

体力的には続けて2曲目を歌うことは出来る。

しかし今の私は終わった歌に浸りたかった。

私は肯定する歌を歌えているかわからない。

ヒロくんに言われた言葉が未だに理解できなかったし、自信を持てなかった。

私が私を否定しているくせに歌は肯定になってくれているか。

絶対になっていない。

歌っている本人がそう思うのならそうだ。

でも、ヒロくんが肯定に感じてくれるのなら……信じるのも友達だよな…。

達成感は終わっているのに私は歌えずに考えていた。



「最近、ヒロくんのことばかり考えてるな…」



はじめましての時は眩しいなんて思って避けようとしたのに今では面と向かって喋れている。

眩しいのには変わりないけど、夢に進もうとしている今の私は惨めには思わなかった。

そういえばヒロくんの悩みは解決したのかな。

聞いて2日でどうにか出来そうな悩みではなかった。

幼馴染さんのピアノの件、そして自分で解決すると言っていた件。

眩しいヒロくんでも悩みはあったのだ。

やっぱり話さないとわからないこともあるのを実感する。



「あと、2時間か…」



ウォーミングアップはそんなにかからないのになぜか早く来てしまった私に後悔する。

日差しは強くないものの、ムシムシした暑さの中で1人でいるのは苦痛だ。



「ヒロくん、来てくれないかなぁ」

「先輩お待たせしました!」

「そうそう、こんな風に……えっ」



声変わりした声が聞こえて私はそちらを向く。

そういえばヒロくんもこんな声だったよなと思いながら。



「な、なんで!?」



まさかの本人が立っていた。



「普通に頭から抜けてたんですけど、今日職員会議あるから5時間でした…」



申し訳なさそうに頭を掻いて私に謝る。

職員会議は私も知らなかった。

偶然と偶然が重なってくれる。

私が早く来なければヒロくんは長い時間待つようになったし、職員会議が無ければ私は後2時間待たなくてはならなかった。

この時は神様ありがとうと心の中で叫ぶ。



「でも良かった。先輩が早く来てくれて」

「私も良かったよ。ヒロくんが早く来てくれて」



お互いに同じことを思って2人で笑う。

ヒロくんはカラオケ店に来るための路地裏の道を指差した。



「こっちです。行きましょう?」

「うん」



私は少し前を歩くヒロくんにくっつくように歩く。

路地裏と言っても道はちゃんと整備されているし安全だ。

するとヒロくんが途中で足を止めた。



「どうしたの?」

「いや、すみません。俺歩くの早かったですよね」

「案内してくれるから前歩いたんじゃないの?」

「無意識でした…すみません」

「そんな謝ることじゃないよ」

「だってなんか嫌じゃないですか。2人で一緒に行くのに俺だけ前を歩くなんて偉そうで」



また眉を下げて私に謝った。

私は1ミリもそんなこと考えなかったから、ヒロくんの考えに感心する。

本当に礼儀正しいというか、女性の扱い慣れているなと思った。



「ヒロくんって今まで何人と付き合った?」

「え!?」



私は歩き出しながらヒロくんに尋ねる。

今度はヒロくんが隣に立ちながら。



「いや、俺はそんな経験ないですよ…。ずっと音楽やってたし中学の時は病んでいたので」

「そっか。なんか慣れてるなって思って」

「そんなことないですよ…」



恋愛トークには慣れていないらしいヒロくんは顔をどんどん赤くした。

やはり高校生は女子の方が恋愛トークを聞き言っているから、経験のない男子は照れてしまうんだろう。

なんか弟みたいで可愛いと思ってしまった。

別に私の弟が可愛いわけではないが。



「それなら先輩はどうなんですか?」

「私?私も無いよ。中学の友達は早い子だと付き合ってたカップルもいたし、クラスの人も何組かは付き合っているけどね。私は特にそういうのはない」

「先輩、綺麗なのに意外です」

「……綺麗とか簡単に言わない方がいいよ」

「あっすみません」



私を綺麗と思ってくれるのは本心かわからないけど、ヒロくんの場合素直に本心なのだろう。

ヒロくんじゃなければただのチャラい奴と認識していた。

素直ゆえに慣れているように感じてしまうのだろうか。

次は私の顔が熱くなる番だった。

なんか負けた感じになって私はヒロくんをからかうように話す。



「ヒロくんもかっこいいし優しいからすぐに良い人見つかると思うけどなー」

「………」

「ごめん。からかい過ぎた」



まさかの無言の返しに私は焦る。

怒らせてしまった。

ヒロくんも怒るんだと思いながらも謝る。

しかし、路地裏を抜けた瞬間私の目に入ったのはこれ以上にないくらい真っ赤な顔のヒロくんだった。



「からかいですか?」

「えっ?」

「俺は先輩にそう言ってもらえるのは嬉しいんですけど。からかいついでの嘘ですか?」



顔を隠すように腕を持ってくるヒロくん。

何故か私にも熱が移る。



「ち、違うよ!なんか負けた感じがしたから私も本心言っただけ!」

「ふふっ」

「え?まさか私をからかった?」

「いえ。嬉しくて」



顔は真っ赤。

しかし言葉はまるで私まで喜ばせるように甘い。

どうやって知識を身に付けたのだろう。

ヒロくんの家に着くまであとどれくらいかはわからない。

でも、私に移った熱を冷ますようにこの話はやめさせた。

これ以上話したら頭がどうかしてしまいそうだった。

こんな感じは初めてだ。まるで魔法のよう。