7月に入って最初の学校登校。

私はいつになく緊張していた。

そう、ただ登校するだけ。

家から出て歩いて校門を通って保健室に行く。

いつもと同じ行動。

しかし私の緊張が無駄に増す原因は時間帯だった。

今は7時25分。

私が出発するまで後5分。

保健室登校になってから初めて7時台に家を出る。

理由は1つ。

人に慣れるためだ。

普通に学校に通って、普通に教室に行く人達は大体この時間に出発して8時前後に到着する。

私はあえてこの時間を狙った。



「藍子、大丈夫なの?」

「大丈夫」

「そう…」



リビングでソワソワして落ち着かない私をお母さんが心配してくれる。

それでも私は緊張が止まらなかった。

情報番組を見ているお父さんも私のことをチラチラ見ている。

時間は7時27分。

もう待つことすら苦痛になってしまった私はソファから立ち上がって玄関に向かう。

リビングのドアを開けると制服を着た弟と鉢合わせした。



「ねぇちゃん行くの?」

「う、うん」

「途中まで着いて行こうか?」

「大丈夫!」

「藍子、着いていってもらったら?」

「大丈夫!」

「なんならお父さんが送るぞ?」

「大丈夫!!」



嬉しい過保護だけど心配がうるさい。

3人して私のことを信じてないみたいでアレはコレはと移動の提案をしてくる。

玄関は私と弟、両親で埋め尽くされていた。

靴を履いた私は玄関のドアを開ける前に振り返って3人を見る。



「大丈夫だから!着いて来なくていいからね!」



私は返事を待たずにドアを開けて歩き出そうとすると、お母さんが優しい声で



「いってらっしゃい」



そう言ってくれた。

久しぶりのその言葉に何故か感動を覚える。

一時期は毎日のように聞いていた言葉は当たり前になっていたけど、当たり前にしてしまったのは私だと気付く。

続けてお父さん、弟が「いってらっしゃい」と言ってくれる。



「いってきます」



入学式前のような雰囲気に笑ってしまった私はドアを閉めて家から出た。

まだ心臓はバクバク音を鳴って私を緊張させる。

でも震えはそこまでなかった。

通学路は平日はいつも通っているのに別の場所に見える。

時間による気温、太陽の光、傾きが違うとここまで変わるのだなと思ってしまった。

今日の目標は一応達成。

後はいつもと同じように過ごすだけだ。

ちらほらと同じ制服を着た人達が通り過ぎたり、私が追い越したりする。

半年振りの普通通学は頭が真っ白になってどんな感情かもわからないけど、なんだか戻れた気がした。



ーーーーーー



今日は普通の人と同じ登校時間で通うのが目的だ。

しかし私は最後の難関へ向かった。

本当ならばもう疲れたし、頑張ったので職員玄関から入りたい。

例え遭遇しても先生だから安心できる。

でも私の最終目標はアイドルだ。

ヒロくんにも宣言した。

生徒昇降口なんかで根を上げたらそれこそ笑い話。

家から出発する時よりも心臓は激しく動く。

ここで倒れるのではないのかと思うくらいに。

それはそうだ。

大勢の生徒が集まるのだから。

でも私は歩くのを止めない。

1歩1歩ちゃんと踏み締めて歩いた。



「おはよ〜」

「今日って小テストあった?」

「やべー弁当忘れたわ」



昇降口前では1人1人の声がダイレクトに感じられる。

手の震えは先程よりも強くなる。

ここまで来たのだから戻るわけにはいかない。

私はなるべく早足でシューズに履き替えると保健室に直行した。




保健室をいつもより強く開ける。

とにかく普通と遮断したかった。

バタンと閉めて息をふーっと吐くと心臓が激しく動いているのがわかる。

きっと脈拍は凄いことになっているだろう。

改めて保健室を見ると紗凪先生は来ていなかった。

まだ来ていないか、職員室で先生と喋っているか。

なんにせよ息が上がって疲れ切った顔をしている姿が見られなくてよかった。

私は落ち着くためにいつもの定位置に座る。

荷物を床に置くと、力が抜けたように丸テーブルの上へ滑り込んだ。



「情けないな……」



たった7ヶ月休んでいた行動がここまで緊張や恐怖に変わるなんて思わなかった。

今日はちゃんと登校できたけど、明日も同じように登校できるとは限らない。

家を出る前に体が拒否してしまうかもしれない。

それが心配だった。

私は上がった息を落ち着かせるために起き上がって背中を伸ばしたり、深呼吸したりする。

だんだんと心拍数も落ち着いてきたなと思った瞬間、勢いよく保健室の扉が開いた。



「藍子先輩いますか!?」

「ひゃあ!!」



1人の空間に声が響き渡って思わず声と肩を上げてしまう。

完全に油断していた。

朝に誰かが保健室に来ることだっておかしくない。

私は紗凪先生は居ないと伝えられるかはわからないけど、とりあえず振り返った。



「ヒロ、くん?」

「よかった…」



いつの間にか私の近くまで来ていたヒロくんは片膝をつけて座った私と同じ目線になるようにしゃがんでいた。