【声って凄いですよね。
顔を見なくたって声量、音程、強弱でその人が何を思っているかわかるからです。同じ言葉でも別物に聞こえてしまう。意味も全く違くなります。だからなんですよ。私が歌うのは。この歌詞の言葉は否定なのか肯定なのかを知りたい一心なんです。もし、言葉の意味自体が否定だとしたら……。私の力で肯定にしてあげたいです】



「ヒロくん…?」



俺はゆっくりと目を開く。

先輩の歌は終わったようで俺を覗き込んでいた。

ちゃんと歌は聴いていた。

しかしそれと同時に俺の記憶から、ある破片が浮かんでくる。



「もしかして寝てた?」

「いえ、起きてましたよ。ちょっと思い出してました」

「そうなの?」

「先輩ってamaが初めて取材を受けた雑誌って知ってますか?」

「んー、それっていつくらいのかな?」

「結構前かもしれません」

「たぶん知らないし、持ってないと思う…」

「俺はそれ持っているんですよ。先輩の歌聴くまで忘れていましたけど」

「前もそんな事あったよね?」

「そうなんです。不思議ですよね。でも、なんで思い出したかはわかりました」

「私がamaの曲歌ったから?」

「たぶん違います。きっとamaの曲じゃなくたって思い出してました。…先輩の歌声ってamaに似ているんですよ」

「え?私がamaに?ないない。amaとは全く別物だよ」



俺の言葉が腑に落ちない先輩は首を振って応える。

それでも俺は先輩の歌はamaに似ていた。

先輩曰く頑固な俺は説得するように説明する。



「雑誌の言葉でamaはこう言っていたんです。言葉を肯定にしたいって。先輩が歌うamaの曲は否定的な単語の歌詞はありません。でも先輩が歌うと肯定をより支えてくれる肯定に聞こえるんです」

「私の歌が肯定…」

「先輩とamaの声質は別ですけど、なんか似てます。支えてくれる歌い方っていうか…」



もっと伝わりやすい説明はあったかもしれないけど、今の俺にはこの言葉しか出なかった。

自分でも何言っているんだとツッコミたくなる。



「伝わりましたかね…?」

「うん、うん。…なんとなくわかった」



先輩は頷いてくれて俺も安心する。

先輩は座っている俺に近づいて、目の前で立ち止まった。

どうしたんだろうと思う俺の手が引かれる。

俺の手を引っ張って先輩は階段から下ろした。



「私の話の番」

「あ、そうですね。なんでも聞きますよ?」



手は繋がれたまま。

2人で手を握るのはこれで2回目だ。

しかし今回は少し違う。

先輩の手が震えている。

手を握ってわかった。

俺は心配して先輩の顔を覗き込む。

そこまで身長が低くない先輩の顔を見るのは簡単だった。

先輩は目を瞑って俺の手を一瞬だけギュッと握る。

そして目を開けて真っ直ぐ見た。



「私、アイドルになりたい」



手は繋がれたまま。

段々と高まってくる熱が合わさる。

それでも先輩は真っ直ぐ俺を見ていた。

止まってしまった俺の口。

言いたい事は決まっているのに動かない。



「変かな…?」



俺は強く横に首を振る。

今度はこれの唇が震える。

何故だろう。

たった一言なのに、先輩の目をちゃんと見れない。



「凄いです…」

「ありがとう。やっぱりなりたかった。人が怖いからって諦めていたのに。でもね、私……諦められないや。またヒロくんがきっかけをくれた」



眩しい。

直感的にそう思う。

目を逸らして閉じたくなるくらいに眩しい。

ああ、そうか。

原因はこれだ。

先輩が凄すぎて俺が惨めに感じるんだ。

一度諦めた夢を言葉にしてもう一度進もうとする姿。

俺が出来なかった事。

だから、眩しくて動けないんだ。



「今から言うのは拒否してもいいからね。ヒロくん、時間がある時でいいから私の面倒見てくれない?特別な事はしなくていい。ただ、見守っていてほしい」



また強く握られる手。

恥ずかしさとか、照れるとか、そんなのはなかった。

俺は唇に力を入れて震えないようにする。

先輩の手を一瞬だけギュッと握って答えた。



「俺でよければ」



返事が届いた先輩は花を咲かせるように笑う。

綺麗で、可愛くて、ずっと咲いてほしい花のように眩しい。

俺は今まで頑張って目を合わせていた視線を下にずらした。

限界だった。

時刻は午後3時前。

日差しは少しずつ弱くなっている。

俺と藍子先輩の手はまた一瞬の力を込めた後離れていった。