「えっ?」
「勘違いだったらごめん。なんか昨日と違う気がして…」
俺は見抜かれたように固まってしまう。
確かに昨日今日で色々あった。
光流がピアノを弾けなくなったこと。
弟と久しぶりに話してイライラしたこと。
先輩とちゃんと喋り始めて数日しか経ってないのになぜ的中できた?
それくらい俺が変な言動をしてしまったのだろうか。
思いもよらない言葉に動揺してしまって、答えを話さなくてもわかってしまう。
「私、少し人の変化に敏感なの。声のトーンとか表情とか。もしかしたら保健室登校になった原因の1つかもしれないけど…」
「なんかすみません…。気を遣わせちゃったみたいで」
「違うの!ヒロくんは全く悪くないよ?それに敏感だから気づけたっていう嬉しさもある。別に無理にとは言わないけど、話聞くことくらいはできるよ…?」
眉を下げて少し下を向く先輩。
俺は今まで見つめていた先輩の姿を逸らした。
人に隠していたこと、悩みを話す時ってこんなにも黙り込んでしまうのか。
経験したことの無い感情に俺は焦る。
無理には話さなくてもいい。
しかし先輩は待っている。
少し矛盾している言葉だけど、そこには優しさが詰まっていた。
俺はそれに暖かくなる。
言うか、言わないか。
先輩の姿を見れば答えは決まっていた。
「昨日嫌なことが2つあったんです」
「聞いてもいいの?」
「先輩が大丈夫なら」
「聞く」
先輩は俺の目を見てそう言った。
俺も先輩を見ながら話を続ける。
「お願いします。……それで1つ目は幼馴染が俺に相談してきたことです。別に相談されるのが嫌とかじゃないですよ?内容がちょっと…」
「何?」
「幼馴染は吹奏楽部なんです。あ、俺と先輩と同じ学校で1年生なんですけど。…ピアノをやっているんですよ。それが結構上手なんです。でも昨日幼馴染が言った言葉はピアノが弾けなくなったと言う言葉でした」
「え…」
「理由はわからないって。でも鍵盤に手を置くと怖くて仕方ないって言ってました。俺、その言葉にショックを受けちゃって。光流……幼馴染にピアノを教えたのは俺だから…」
「そ、そうなの?ヒロくんが?」
「俺もピアノをやっていたんです。今はもう辞めましたけど。幼馴染はそれを真似して一緒に弾いていました。アニメの曲とか有名な歌手の曲のサビだけを弾くだけで騒ぐし、嬉しそうな顔するんですよ。だから俺も調子乗って教えたんです」
「そっか。だからか…」
「何がですか?」
「ヒロくんの指、凄く綺麗なの。きっとピアノのために気を遣っていたのかなって…」
先輩はそう言って俺の手に目線を向ける。
俺を自分の手を観察するが綺麗さがわからなかった。
ゴツゴツした男の手だ。
「私が偉そうなこと言える立場じゃないけどさ。幼馴染さんはきっと今休憩期間なんじゃないかな?」
「休憩?」
「私もそう。2年生の3学期から休憩してたんだなって今なら思える。特定の理由があって教室に行けなくなった訳じゃない。ただ、疲れていたのかなって。だから大丈夫だよ。幼馴染さんもきっとまた弾ける。だって、私が1歩進めたんだもん」
「藍子先輩…」
「よく言うじゃん?人はきっかけで変われるって。私のきっかけはヒロくんだよ。あの時、この場所でヒロくんが来てくれたから前に踏み出せた。今日だって1人で対面で会計が出来たんだよ?前の私なら怖くて出来なかった。ヒロくんは何も悪くないし、悩む必要なんてない。ヒロくんは幼馴染さんにピアノを弾くっていうきっかけをあげたんだから。……話してくれてありがとう。少しは先輩らしかったかな?」
照れ臭そうに笑ってくれる先輩。
俺はまた自分の手を見た。
大きめで全体的に骨張ってる。
そんな俺の手は小さい頃から楽器に触れていた。
たまにギターの弦で指を切ったり、ドラムのスティックでマメを作ったり、色んなことを一緒にやってきた。
心と同じで弾くことが嫌いになってしまったこの手は汚れている。
そう思っていた。
それでも、少なくとも2人に手は差し伸べていた。
藍子先輩は良い方向に連れていくように。
光流はまだわからないけど、どこかしらには連れるように。
「先輩らしいっていうか、もう聖人並みの答えですよ」
「え、聖人?そんな大層なこと言ってないよ」
「俺にとっては凄く嬉しい言葉でした。こんな手でも誰かにきっかけやれたんだ…」
「今気づいたの?ヒロくんは凄い人だよ」
「なら先輩はもっと凄い人ですね」
「なんでそうなる?」
「だって凄い人を救ったのはもっと凄い人じゃないですか」
「よくわからないけど…」
「これは譲れません」
「出た、頑固」
同時に俺と先輩は吹き出して笑う。
すると先輩は思い出したように俺に尋ねた。
「もう1つは?」
「え?」
「悩み事。2つあるって言ってたから」
「ああ、もう1つは……自分でなんとかします」
「大丈夫?」
「はい。先輩が褒めてくれたからもう大丈夫です」
「ふふっ、よかった」
俺は先輩を見てそう決めた。
弟のことは俺だけで向き合おう。
先輩の言う凄い人なら解決できるはずだ。
例えどんな結果でも藍子先輩は俺の味方をしてくれる。
そんな気がした。
日差しは弱くなってきて落ち着いてくる。
暑さはそこまで変わらないけど、辛いほどではなかった。
先輩がここに連れてきたのは俺の話を聞くため。
けれども、俺は今先輩の歌が聴きたくなってしまった。
「先輩、お願いがあります」
「何?」
「歌聴きたいです」
「え、今?」
「今」
「ヒロくんの前で?」
「俺の前で」
「今?」
「今です」
今度は先輩が悩み始める。
俺が聞いてると意識して歌うのはきっといつものように歌う時とは違うだろう。
それでも聴きたかった。
無理承知で俺は手を合わせてお願いする。
「……何がいい?」
「えっ良いんですか?」
「ヒロくんが言ったじゃん。amaの曲?」
「はい!欲を言えばデビュー曲がいいです!」
「いいよ。その代わり……」
「はい?」
「歌い終わったら私の話も聞いて欲しい」
「勿論です。何個でも聞きます」
先輩は「仕方ないなぁ」と言って立ち上がる。
俺は座ったまま先輩を見上げた。
喉を鳴らして少し声を出した後に、先輩は息を吐く。
「緊張して音ずれても笑わないでね」
「笑いませんよ」
「じゃあいくよ?」
「お願いします」
先輩の声が俺の耳に届いて、辺りを響き渡るまで5秒前…。
俺は目を瞑って聞き入ろうとしていた。
「勘違いだったらごめん。なんか昨日と違う気がして…」
俺は見抜かれたように固まってしまう。
確かに昨日今日で色々あった。
光流がピアノを弾けなくなったこと。
弟と久しぶりに話してイライラしたこと。
先輩とちゃんと喋り始めて数日しか経ってないのになぜ的中できた?
それくらい俺が変な言動をしてしまったのだろうか。
思いもよらない言葉に動揺してしまって、答えを話さなくてもわかってしまう。
「私、少し人の変化に敏感なの。声のトーンとか表情とか。もしかしたら保健室登校になった原因の1つかもしれないけど…」
「なんかすみません…。気を遣わせちゃったみたいで」
「違うの!ヒロくんは全く悪くないよ?それに敏感だから気づけたっていう嬉しさもある。別に無理にとは言わないけど、話聞くことくらいはできるよ…?」
眉を下げて少し下を向く先輩。
俺は今まで見つめていた先輩の姿を逸らした。
人に隠していたこと、悩みを話す時ってこんなにも黙り込んでしまうのか。
経験したことの無い感情に俺は焦る。
無理には話さなくてもいい。
しかし先輩は待っている。
少し矛盾している言葉だけど、そこには優しさが詰まっていた。
俺はそれに暖かくなる。
言うか、言わないか。
先輩の姿を見れば答えは決まっていた。
「昨日嫌なことが2つあったんです」
「聞いてもいいの?」
「先輩が大丈夫なら」
「聞く」
先輩は俺の目を見てそう言った。
俺も先輩を見ながら話を続ける。
「お願いします。……それで1つ目は幼馴染が俺に相談してきたことです。別に相談されるのが嫌とかじゃないですよ?内容がちょっと…」
「何?」
「幼馴染は吹奏楽部なんです。あ、俺と先輩と同じ学校で1年生なんですけど。…ピアノをやっているんですよ。それが結構上手なんです。でも昨日幼馴染が言った言葉はピアノが弾けなくなったと言う言葉でした」
「え…」
「理由はわからないって。でも鍵盤に手を置くと怖くて仕方ないって言ってました。俺、その言葉にショックを受けちゃって。光流……幼馴染にピアノを教えたのは俺だから…」
「そ、そうなの?ヒロくんが?」
「俺もピアノをやっていたんです。今はもう辞めましたけど。幼馴染はそれを真似して一緒に弾いていました。アニメの曲とか有名な歌手の曲のサビだけを弾くだけで騒ぐし、嬉しそうな顔するんですよ。だから俺も調子乗って教えたんです」
「そっか。だからか…」
「何がですか?」
「ヒロくんの指、凄く綺麗なの。きっとピアノのために気を遣っていたのかなって…」
先輩はそう言って俺の手に目線を向ける。
俺を自分の手を観察するが綺麗さがわからなかった。
ゴツゴツした男の手だ。
「私が偉そうなこと言える立場じゃないけどさ。幼馴染さんはきっと今休憩期間なんじゃないかな?」
「休憩?」
「私もそう。2年生の3学期から休憩してたんだなって今なら思える。特定の理由があって教室に行けなくなった訳じゃない。ただ、疲れていたのかなって。だから大丈夫だよ。幼馴染さんもきっとまた弾ける。だって、私が1歩進めたんだもん」
「藍子先輩…」
「よく言うじゃん?人はきっかけで変われるって。私のきっかけはヒロくんだよ。あの時、この場所でヒロくんが来てくれたから前に踏み出せた。今日だって1人で対面で会計が出来たんだよ?前の私なら怖くて出来なかった。ヒロくんは何も悪くないし、悩む必要なんてない。ヒロくんは幼馴染さんにピアノを弾くっていうきっかけをあげたんだから。……話してくれてありがとう。少しは先輩らしかったかな?」
照れ臭そうに笑ってくれる先輩。
俺はまた自分の手を見た。
大きめで全体的に骨張ってる。
そんな俺の手は小さい頃から楽器に触れていた。
たまにギターの弦で指を切ったり、ドラムのスティックでマメを作ったり、色んなことを一緒にやってきた。
心と同じで弾くことが嫌いになってしまったこの手は汚れている。
そう思っていた。
それでも、少なくとも2人に手は差し伸べていた。
藍子先輩は良い方向に連れていくように。
光流はまだわからないけど、どこかしらには連れるように。
「先輩らしいっていうか、もう聖人並みの答えですよ」
「え、聖人?そんな大層なこと言ってないよ」
「俺にとっては凄く嬉しい言葉でした。こんな手でも誰かにきっかけやれたんだ…」
「今気づいたの?ヒロくんは凄い人だよ」
「なら先輩はもっと凄い人ですね」
「なんでそうなる?」
「だって凄い人を救ったのはもっと凄い人じゃないですか」
「よくわからないけど…」
「これは譲れません」
「出た、頑固」
同時に俺と先輩は吹き出して笑う。
すると先輩は思い出したように俺に尋ねた。
「もう1つは?」
「え?」
「悩み事。2つあるって言ってたから」
「ああ、もう1つは……自分でなんとかします」
「大丈夫?」
「はい。先輩が褒めてくれたからもう大丈夫です」
「ふふっ、よかった」
俺は先輩を見てそう決めた。
弟のことは俺だけで向き合おう。
先輩の言う凄い人なら解決できるはずだ。
例えどんな結果でも藍子先輩は俺の味方をしてくれる。
そんな気がした。
日差しは弱くなってきて落ち着いてくる。
暑さはそこまで変わらないけど、辛いほどではなかった。
先輩がここに連れてきたのは俺の話を聞くため。
けれども、俺は今先輩の歌が聴きたくなってしまった。
「先輩、お願いがあります」
「何?」
「歌聴きたいです」
「え、今?」
「今」
「ヒロくんの前で?」
「俺の前で」
「今?」
「今です」
今度は先輩が悩み始める。
俺が聞いてると意識して歌うのはきっといつものように歌う時とは違うだろう。
それでも聴きたかった。
無理承知で俺は手を合わせてお願いする。
「……何がいい?」
「えっ良いんですか?」
「ヒロくんが言ったじゃん。amaの曲?」
「はい!欲を言えばデビュー曲がいいです!」
「いいよ。その代わり……」
「はい?」
「歌い終わったら私の話も聞いて欲しい」
「勿論です。何個でも聞きます」
先輩は「仕方ないなぁ」と言って立ち上がる。
俺は座ったまま先輩を見上げた。
喉を鳴らして少し声を出した後に、先輩は息を吐く。
「緊張して音ずれても笑わないでね」
「笑いませんよ」
「じゃあいくよ?」
「お願いします」
先輩の声が俺の耳に届いて、辺りを響き渡るまで5秒前…。
俺は目を瞑って聞き入ろうとしていた。