カラオケ店に入る路地裏の辺りから歌声が微妙な声量で聴こえてくる。

俺の気分は高鳴って足取りが軽くなった。

普通の人はカラオケ店が見えるところまで来ないと声なんて聞こえない。

でも俺の耳は音に敏感だ。

藍子先輩と思われる歌声を瞬時に聞き取れるのは唯一の有難さだと思う。

俺は先輩の声が聴こえる方に足を進めた。



「2人で花を咲かせよう〜」

「先輩!」



やはり声の持ち主は先輩だった。

普通よりは少し低い声は聴いてて心地いい。

本当は静かに聴いていたかったけど、我慢できなかった俺は藍子先輩に話しかける。



「ひ、ヒロくん?」

「こんにちは。良かった。歌ってくれて」

「え?私を探していたの?」

「ここに居なかったら帰るつもりでした。お昼頃から歌っていたっていうのを聞いたのでもしかしてと思って」

「ちゃんと覚えていたんだ…」



私服を着ている先輩は照れたように笑って俺を見る。

ここまでの疲れが吹っ飛ぶようだった。



「今日はamaじゃないんですね」

「うん。昨日九音くんに言ったじゃん?ama以外のアイドルはよくわかってないって。自分なりに調べてみたら曲が気に入っちゃったアイドルグループがあったの」

「そうだったんですか!もう歌を覚えたんですか?」

「まさか。歌詞を見ながらだよ?」

「でも音程とか全くおかしくなかったです。先輩凄いですね」

「ふふっ、気に入ったらとことん聴く人だから」



先輩はスマホを俺に見せてくれて音楽と歌詞を見せてくれる。

俺も知っているグループの曲で思わず笑顔になった。



「これ俺も知ってます!曲は恋愛系が多かったはず…」

「そうそう。ヒロくんも凄いね。すぐにわかっちゃうんだもん」

「俺も気に入ったらとことん調べる人なので」

「同じだね」



今日もカラオケ店の周りには誰もいない。

でも俺達周辺の空気はほんわかとしていた。

俺は思い出したようにカバンの中を漁ってオレンジジュースを取り出す。

ここまで来る間にあるコンビニで購入したものだった。

ちゃっかり自分のコーラも買ってある。



「あ、先輩。これ差し入れです」

「ジュース?いいよそんな」

「買っちゃったので貰ってください。俺はコーラがあるので」

「でも…」

「喉枯らしたら大変だし、暑いから水分補給してください」

「わかった。ありがとう」



藍子先輩は申し訳なさそうにオレンジジュースを手に取った。

すると少しキョロキョロと頭を動かす。

何だろうと思いながら見ていると、先輩は指を差して俺に言った。



「あの日陰で休まない?私も2曲ほど歌ったから少し休憩する」

「いいですね。あそこなら涼しそうです」



先輩の指が示す方向には古いビルの日陰がある場所だった。

そばには上の土地に行くための階段があって座れる。

俺と藍子先輩は休憩場所に最適な日陰で休むことにした。



「じゃあ頂きます」

「はい。どうぞ」



ちゃんと俺の目を見てお礼を言ってくれる藍子先輩。

飲む前にそう言ってくれるのは礼儀正しいなと思う。

別に俺はそのまま飲んでも構わないのだが。

オレンジジュースを開けた藍子先輩は1口飲むと美味しそうに顔を緩めた。

それを見て俺もコーラを開ける。

プシュッとなる音を聴いてから流し込むとスッキリとした味わいが口に広がった。

暑い日こそ炭酸飲料だと断言できる。

爽快感は体に沁みて冷やしてくれた。



「美味しい。ありがとうヒロくん」

「いえいえ。そう言ってもらってよかった。やっぱり暑い日にジュースは格別ですよね」

「うん。歌った後だから格段に感じるよ」

「そういえばオレンジジュースで良かったですか?飲んでますけど、苦手とか…」

「ジュース全般好きだから大丈夫だよ。ヒロくんはコーラ好きなの?」

「大好きです。特にこの王道メーカーが1番好きです」

「やっぱりコーラと言ったらそれだよね。私も炭酸系は好き」

「1番好きなジュースはあるんですか?」

「んー、メロンソーダ」

「覚えておきます」

「覚える必要はないんだよ?」

「差し入れする時に役立ちますから」

「申し訳ないから差し入れはやめてよ…」

「嫌です」

「頑固」



少しむすっとした藍子先輩を見て俺は微笑んだ。

知らない後輩から友達という立場になったからわかったこと。

それは藍子先輩は表情が豊かだということだった。

最初はクールそうな外見や雰囲気で笑顔が苦手なのかなと思っていた。

でもそれは人が苦手なだけであって、仲良くなれば色んな表情をしてくれる。

友達になれてよかったと俺は思った。

ジッと藍子先輩を見ていたらしく、先輩は眉間にシワを寄せる。

俺は誤魔化すようにコーラをまた飲み始めた。