俺が通う赤木高校は徒歩15分の場所にあった。

近いのか遠いのかわからない微妙な距離を1人で歩いて登校する。

今風を装って片耳イヤホンを付けて音楽を聴きながら。

いつもはお気に入りにしたアイドルの曲をランダムで聞いているのだが、今日はamaのプレイリストだけを聴いていた。

高い声と低い声の中間の音域で歌われるamaの曲は中学生の時、声変わりをしていない俺にとって歌いやすかった。

声が低くなった今となっては多分歌うとヘタクソな曲になるだろう。

ただでさえここ2年歌ってないのだから。

高校の正門が見えて来たところでamaの曲は3曲目の終盤に差し掛かっていた。

俺はイヤホンを外してスマホの音楽アプリを消すと、正門で挨拶をしている先生に頭を下げて学校へと入った。

昇降口から2年3組の教室に向かう途中、友達の後ろ姿が見えて背中をドンと叩く。



「おはよ」

「おう!はよ!」



数人いる友達の中で1番親しくしている奴、明見悟(あけみ さとる)は眩しい笑顔で応えてくれた。

悟は野球部に入っていて肌が出ている所は全て焼けている。

まだ夏も始まってない6月なのに野球部らしい格好だった。


「焼けてんなぁ」

「焼けやすいんだよ。野球部で1人だけ目立ってるんだぜ?」

「これで坊主だと高校野球児だな」

「坊主じゃなくても高校野球児だよ」



悟は自身の髪をひと撫でした後に笑った。

中学の頃までは坊主頭だったらしいが、今の時代に合ってないと思ったらしく中学の部活引退した後から髪を伸ばしたらしい。

高校でも同じ野球部に入ったが断じて髪は伸ばしたままにすると揺るがなかった。



「野球部人数足りてんの?」

「何?入ってくれるんか?人数ギリギリでヤバい。来年は危ないらしい」

「入る気はさらさら無い」

「音楽一家の長男様は手が大事ですからね〜」

「やめろ。音楽からは離れてる」

「でも良く曲は聴くじゃん?あ、前教えてもらったアイドルグループの子達ハマったわ。推しはアメちゃん」

「曲にはハマらなかったのか…。確かに音楽を聴くのは好きだ。でも奏でようとは思わない」

「俺は1年生の時に聴かせてくれたギター演奏スゲーと思ったけどな」

「もうやらない」

「ふーん」



朝からこんな話はしたくなかったけど、相手が悟じゃ怒れなかった。

俺達は適当に話しながら教室に入り、自分の机に荷物を置いた後また俺の机で合流する。



「なぁ、アイドルで他に可愛い子は居ねぇ?」

「俺はアイドルの曲と雰囲気重視だから。特定で可愛いとかわからない」

「変わった奴だなー。アメちゃんの顔知ってる?」

「どれ?」



俺が尋ねると机の前にいた悟は座ってる俺の隣へ来る。

石鹸の香りがしたからきっと部活後にスプレーでもやったのだろう。



「これ」

「まずこの子はどのグループだ?」

「それはヤバい。お前が教えてくれたグループだぞ?」

「特定されるとわからない。グループ全体写真ならわかるかもな」



アメちゃんと呼ばれる子の自撮り写真を見せられたが全く記憶にない。

楽曲衣装を着ていればわかったかもしれないが、私服だと余計にわからなくなってしまう。



「お前タイプはオタクになかなか居ないと思う。じゃあライブとかどうするんだよ。メンバータオルは?うちわは?」

「邪道だ。グループカラーのペンライトで十分」

「ペンライトは持つのね」

「周りのオタク達はグッズまみれなのに自分は手ぶらだと浮いた気がする…」

「それはわかる」



実際に俺はそれを経験していた。

初めて行ったライブで会場は大盛り上がりなのに自分だけ突っ立って見ている。

最後は手拍子とコールで乗り越えたが、虚しさは変わらなかったし、帰る頃には手が麻痺していた。

それ以来少なくともペンライト2本は持っていくようになった。



「それじゃあお前のオタ活は金がかからないと」

「そうだな。グッズは買わないし、曲はスマホの音楽アプリで聴いてるからCD要らない。それにイベントは行ってみたいと思ったライブしか行かないし」

「それに比べたら俺なんて破産しそうだ」



悟は苦笑いして頭を抱える仕草をする。

それから俺達は先生が来るまでオタク話や先生方の愚痴を言い合って朝の時間を過ごした。