「それじゃあまた明日。週の最後だから頑張ろうね」

「はい。ありがとうございました。さよなら」

「またね〜」



4時間目の終わる寸前。

私は職員玄関から外に出て下校した。

必ず下校する時は紗凪先生と担任の先生が来てくれる。

しかし今日は担任の先生が4時間目に授業だったため、来れなかったけど3時間目の終わりに保健室まで来てくれた。

と言っても事務的な話しかしてないので喋った感は無い。

私の担任の先生はそんな感じだった。

紗凪先生との温度差が違うので苦手な部類だ。

私は長いため息をついて学校の外に出た。

まだ家に帰ってないのに解放感が凄い。

ただ学校の敷地内から脱出しただけなのに、肩の錘が外れた気がした。

そのまま私は家に帰る。

共働きの両親は今の時間帯は絶対居ないし、弟は中学生だから私の高校と同じ4時間目が終わって給食の準備だろう。

私だけしか居ない家に向かって足を進めた。


ーーーーーー


「ただいま」



誰も居ないのはわかりきっていたけど、長年の癖で言葉にしてしまう挨拶。

高校2年生の3学期から保健室登校になって6ヶ月。

それまでは夕方に下校していたから帰ればお母さんが夕飯の準備をしてくれていて、「おかえり」の言葉が返ってきていた。

それに対して今は午前中下校。

良くて午後の1時に下校だから当然「おかえり」はない。

私は返事が返ってこないのを確認して玄関の扉の鍵をかけた。

リビングに行くと朝見た同じ風景が私を迎える。

両親と弟よりも後に家を出たから何か変わっている事はない。

逆に変わっていたら怖い。

私は冷蔵庫に直行して、昼ご飯を探す。



「……昨日の夜の残りで良いか」



冷蔵庫の真ん中にポツンと皿に乗っていたハンバーグ。

茹でたブロッコリーも添えてある。

昨夜の残り物だった。

昨日は弟のリクエストでハンバーグにしたと言っていた。

でも流石にハンバーグ1個では足りない。

朝も食べていない私は昼頃になるとお腹が限界を迎える。

また冷蔵庫を漁ると食パンが出てきた。

これを挟めばハンバーガーになるはずだ。

私は食パンを1枚取ってハンバーグのお皿と共に2階にある自分の部屋に戻った。



ーーーーーー




結論を言えばわかりきっていた味だった。

ただ単に食パンとハンバーグ。

パンに染みたソースが良い味を出していた。

昼食を食べ終われば私が今日することは無くなる。

本来なら勉強とか進路のことについて調べろとかあるけれど、そんな気力なんてない。

それに学校関連のことは極力家では考えたくなかった。

私は現実逃避のため、ベッドに転がりスマホをいじる。

動画サイトで登録してある人達の動画は上がってない。

SNSをスクロールして見てみるけどこれと言って面白い内容は上がっていなかった。



「はぁーー」



ベッドで大の字になる。

完全に腕を伸ばせるほど大きくはないから控えめに。

横になると蒸し蒸しと暑くなる。

6月も明日で終わりだ。

そろそろ扇風機を出してもらった方がいいかもと考える。

お父さんに言えば物置から出してきてくれるだろう。

今日の夜にでも言ってみよう。

私は決心すると同時に考えることがなくなる。



「………んー!暇」



なら勉強しろよとガヤが飛んできそうだ。

それでも私はベッドから起き上がらない。

ふと、今日の出来事が頭をよぎった。



『ありがとうございました。もう大丈夫です』




「九音ヒロ…くん」



紗凪先生は何も言っていなかったけど、私の伝言を伝えてくれただろうか。

伝言と言っても、話すことは難しいと言うのをオブラートに伝えてくれという内容だった。

九音ヒロくんには申し訳ないことをしたと思う。

それでも私は九音ヒロくんとは話せなかった。

話したくなかった。

眩しいんだ。

理由はそれだけ。

元気な声と優しい表情。

言葉も全て眩しく感じてしまう。

昨日の会話は少なかったけど、私とは違う世界だと感じ取ってしまった。

お喋りを毎日繰り返していたら私自身が惨めに思えてしまいそうで怖かった。

逃げてばかりの私が否定されているみたいに。

別に九音ヒロくんが悪いのでは無い。

私の感情の問題だ。

それもたぶん紗凪先生は伝えてくれたと思う。

そう信じよう。

間違って誤解を招いたら大変だから。

私は目を閉じてベッドに体を預ける。

すると突然スマホから通知音が鳴った。



【お昼は食べた?今日は少し帰りが遅くなります。でも夕飯までには帰るからね。今日は惣菜を買って行くから。今日は雨予報はないから洗濯物はそのままで大丈夫】



お母さんからのメッセージだった。

私はスタンプを送信してスマホを閉じる。



「今日は雨降らないんだ…」



6月と言えど梅雨は明けた。

それに実質もう7月だ。

進路の事も頭の中に入れなければならない。

…頭が痛くなってきた。

私はベッドから降りて小さなバッグにスマホと財布を入れる。

現実逃避をするために外に出ようと思って部屋から出るとそのまま玄関に向かって小走りで走った。

急ぐ必要は無かったけど、学校の事をかき消すように足に神経を集中される私だった。

向かう先はいつもと同じ場所。

私はとあるカラオケ店に向かっていた。