トイレから出ようとした時に話し声が聞こえて来て思わず足が止まってしまう。
今の時間帯は1時間目の最中だ。
先生だろうか。
私は耳を澄ましてどこから聞こえるか感じとる。
「じゃあ後は大丈夫か?」
この声は音楽教師の田所先生。
保健室登校の私にも気軽に声かけてくれるから話しやすい先生枠に入っている。
時々、保健室に遊びに来てはミニ鍵盤を持ってきたり、ギターを持ってきたりして一緒に演奏する事もあった。
最近は1年生の担任になって忙しいのか来なくなってしまったがたまには来て欲しいという願望がある。
養護教諭の紗凪(さなぎ)先生と喋るのは楽しいけど、先生だって忙しい人だ。
もし勇気が出たら誘ってみよう。
私はそう思いながらまた耳を澄ます。
予想だと田所先生ともう1人誰か居るはずだ。
「ありがとうございました。もう大丈夫です」
低くもない、高くもない。
至って普通の声に私は体を固まらせる。
聴き覚えのある声。
いや、絶対にこの声は九音ヒロくんだ。
今トイレから出てはいけない。
私はそう思って女子トイレの入り口の壁に張り付く。
2人は男性だから入ってくることは絶対ないだろう。
しかし何故この時間に田所先生と九音ヒロくんが廊下に居るのだろうか。
生徒指導…では無さそうだ。
田所先生は1年生の担任だし、生徒指導の担当ではない。
九音ヒロくんだってやんちゃそうな雰囲気は感じなかったから叱られていたという考えは違うだろう。
廊下を歩く足音が聞こえる。
こちらの方向に1人が向かっていた。
私は息を殺して見つからないようにする。
まるで隠れんぼだった。
足音がどちらのものかは判別できない。
それでも今は隠れろと私の中の本能が言っていた。
「………」
「………」
足音が女子トイレの前を通り過ぎる。
顔をひょこっと出して確認をすると制服を着た背中が見えた。
動かなくて正解だ。
殺していた息をふっと吐く。
心臓はうるさく動いていた。
私は九音ヒロくんの姿が見えなくなったのを確認してやっと女子トイレから保健室に戻る。
1時間目もそろそろ終わりのはずだから早足で歩いた。
「あらお帰り〜」
「はい…」
保健室に戻ると紗凪先生が笑顔で出迎えてくれる。
私は少し安心して奥に設置されている丸テーブルの椅子に座った。
「少し遅かったけど、大丈夫?お腹痛い?」
「いえ大丈夫です。生徒に遭遇しそうになったので…」
「え、今の時間帯?遅刻の生徒かしら」
私は九音ヒロくんの名前を出さずに紗凪先生にそう言うと不思議そうに首を傾げた。
私は少し微笑んでテーブルの上に置いといた本を手にする。
「今はどんな本を読んでいるの?」
紗凪先生が事務机にあるパソコンのモニター横から顔を出して私に問いかけた。
「これは青春小説です」
「いいね〜!青春!それも中古で買ったの?」
「はい。結構安く手に入りました」
「私も本読んでみようかなぁ…。中古なら新品よりは手を出しやすいし」
「読まなかったらまた出品すればいいと思います。保存状態にもよりますが」
「それなら試してみよう!人気の本調べよ〜っと」
「面白かったら教えてください」
「任せて!」
ニコッと眩しい笑顔を見せてくれる紗凪先生に私も釣られて笑顔になる。
この人が養護教諭で良かったと毎度のように心から思った。
私は続きを読もうと本のページを捲る。
これは青春小説。
もっと詳しく言うと、アイドルを題材とした青春小説だった。
先日フリマサイトで購入した物。
私はアイドルが主人公、またはサブキャラで出てくる小説が好きで何冊も読んでいる。
特定したジャンルなのでなかなかお目にかかれないことが多いがそんな時はネット小説頼りだ。
この本だって最近出版されたもので、久々の紙でのアイドル小説になる。
面白さと楽しさで半分は読み進めてしまった。
残り半分はじっくりゆっくり読もうと思う。
「藍子ちゃんは新品の小説は買わないの?」
「ほとんどが中古ですね。でも本当に面白いと思った本だけ新品で買ったことがあります。その時は中古の方は売りましたけど」
「どんな本?」
「えっと…それも青春小説です」
「そっか〜!でも私的には青春は終わったからサスペンス系が読んでみたいな」
「サスペンスは私は読まないですね…」
「なら私が読んで藍子ちゃんに貸すよ!サスペンスドラマは好きだから、それの原作とか!」
「その時はよろしくお願いします」
「任せろ!」
同じ言葉を使ってまたニコッと笑った先生。
また私は本に視線を戻した。
アイドル小説が好きなんて柄じゃないから言わない。
先生とは2年生の頃からの付き合いだけど、私がアイドルが好きなんて知らないだろう。
それに私が夢を見ている事だって。
紗凪先生は信頼できる先生だ。
この学校の中でも1番に仲良しだと思っている。
それでも私はアイドルの話は出来なかった。
私はまたページを捲る。
読んでいる瞬間だけ私はアイドルになれる。
せめてこの瞬間は満喫したい。
気づけば2時間目の始業のチャイムが鳴っていた。
今の時間帯は1時間目の最中だ。
先生だろうか。
私は耳を澄ましてどこから聞こえるか感じとる。
「じゃあ後は大丈夫か?」
この声は音楽教師の田所先生。
保健室登校の私にも気軽に声かけてくれるから話しやすい先生枠に入っている。
時々、保健室に遊びに来てはミニ鍵盤を持ってきたり、ギターを持ってきたりして一緒に演奏する事もあった。
最近は1年生の担任になって忙しいのか来なくなってしまったがたまには来て欲しいという願望がある。
養護教諭の紗凪(さなぎ)先生と喋るのは楽しいけど、先生だって忙しい人だ。
もし勇気が出たら誘ってみよう。
私はそう思いながらまた耳を澄ます。
予想だと田所先生ともう1人誰か居るはずだ。
「ありがとうございました。もう大丈夫です」
低くもない、高くもない。
至って普通の声に私は体を固まらせる。
聴き覚えのある声。
いや、絶対にこの声は九音ヒロくんだ。
今トイレから出てはいけない。
私はそう思って女子トイレの入り口の壁に張り付く。
2人は男性だから入ってくることは絶対ないだろう。
しかし何故この時間に田所先生と九音ヒロくんが廊下に居るのだろうか。
生徒指導…では無さそうだ。
田所先生は1年生の担任だし、生徒指導の担当ではない。
九音ヒロくんだってやんちゃそうな雰囲気は感じなかったから叱られていたという考えは違うだろう。
廊下を歩く足音が聞こえる。
こちらの方向に1人が向かっていた。
私は息を殺して見つからないようにする。
まるで隠れんぼだった。
足音がどちらのものかは判別できない。
それでも今は隠れろと私の中の本能が言っていた。
「………」
「………」
足音が女子トイレの前を通り過ぎる。
顔をひょこっと出して確認をすると制服を着た背中が見えた。
動かなくて正解だ。
殺していた息をふっと吐く。
心臓はうるさく動いていた。
私は九音ヒロくんの姿が見えなくなったのを確認してやっと女子トイレから保健室に戻る。
1時間目もそろそろ終わりのはずだから早足で歩いた。
「あらお帰り〜」
「はい…」
保健室に戻ると紗凪先生が笑顔で出迎えてくれる。
私は少し安心して奥に設置されている丸テーブルの椅子に座った。
「少し遅かったけど、大丈夫?お腹痛い?」
「いえ大丈夫です。生徒に遭遇しそうになったので…」
「え、今の時間帯?遅刻の生徒かしら」
私は九音ヒロくんの名前を出さずに紗凪先生にそう言うと不思議そうに首を傾げた。
私は少し微笑んでテーブルの上に置いといた本を手にする。
「今はどんな本を読んでいるの?」
紗凪先生が事務机にあるパソコンのモニター横から顔を出して私に問いかけた。
「これは青春小説です」
「いいね〜!青春!それも中古で買ったの?」
「はい。結構安く手に入りました」
「私も本読んでみようかなぁ…。中古なら新品よりは手を出しやすいし」
「読まなかったらまた出品すればいいと思います。保存状態にもよりますが」
「それなら試してみよう!人気の本調べよ〜っと」
「面白かったら教えてください」
「任せて!」
ニコッと眩しい笑顔を見せてくれる紗凪先生に私も釣られて笑顔になる。
この人が養護教諭で良かったと毎度のように心から思った。
私は続きを読もうと本のページを捲る。
これは青春小説。
もっと詳しく言うと、アイドルを題材とした青春小説だった。
先日フリマサイトで購入した物。
私はアイドルが主人公、またはサブキャラで出てくる小説が好きで何冊も読んでいる。
特定したジャンルなのでなかなかお目にかかれないことが多いがそんな時はネット小説頼りだ。
この本だって最近出版されたもので、久々の紙でのアイドル小説になる。
面白さと楽しさで半分は読み進めてしまった。
残り半分はじっくりゆっくり読もうと思う。
「藍子ちゃんは新品の小説は買わないの?」
「ほとんどが中古ですね。でも本当に面白いと思った本だけ新品で買ったことがあります。その時は中古の方は売りましたけど」
「どんな本?」
「えっと…それも青春小説です」
「そっか〜!でも私的には青春は終わったからサスペンス系が読んでみたいな」
「サスペンスは私は読まないですね…」
「なら私が読んで藍子ちゃんに貸すよ!サスペンスドラマは好きだから、それの原作とか!」
「その時はよろしくお願いします」
「任せろ!」
同じ言葉を使ってまたニコッと笑った先生。
また私は本に視線を戻した。
アイドル小説が好きなんて柄じゃないから言わない。
先生とは2年生の頃からの付き合いだけど、私がアイドルが好きなんて知らないだろう。
それに私が夢を見ている事だって。
紗凪先生は信頼できる先生だ。
この学校の中でも1番に仲良しだと思っている。
それでも私はアイドルの話は出来なかった。
私はまたページを捲る。
読んでいる瞬間だけ私はアイドルになれる。
せめてこの瞬間は満喫したい。
気づけば2時間目の始業のチャイムが鳴っていた。