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その日1日の授業はほとんど萌の頭に残らなかった。


先生もそれに気がついて何度も注意してきたし、体調が良くないのかと心配もされた。


萌はそれすらも聞き流してしまうほど、大樹のことで頭がいっぱいになっていた。


「萌、大丈夫?」


放課後、希がもう1度そう声をかけてきた。


萌が教室から飛び出してからその話題には触れてこなかったけれど、やはり心配してくれていたみたいだ。


「うん。本当に大丈夫だよ」


答える声はどこか乾いていて、嘘に疲れている自分に気がついた。


本当は大丈夫じゃない。


病気を知ったとき以上に萌の心は沈んでいた。


「今日、大樹と一緒に帰るの?」


「それは……」


『誘われても断ろうと思う』と言おうとして、視界の中に廊下に立つ人影が見えた。


そちらへ視線を向けると大樹が手を振っている。


萌はとっさに目をそらして気が付かなかったフリをしてしまった。


「大樹、待ってるよ?」


希の言葉に萌は答えられない。


うつむいたまま動くこともできなかった。


「この際ちゃんと聞いてみたらどうかな? 私たちの勘違いかもしれないんだし」


その可能性はほとんどないと思いながらも希はそう言った。


でないと、萌の勇気がでないと思ったからだった。


「そう……だよね?」


萌が少しだけ顔を上げたので、希は笑顔を向けた。


萌と大樹が仲良くなりはじめた頃から希はずっと萌に嫉妬をしてきた。


クラスメートを巻き込んでまで意地悪をした。


だけど今は、少しでも萌に幸せになってもらいたいと思っている。


それが、自分にできる唯一の償いだと。


「そうだよ。ほら、行っておいで」


背中を押すと萌は大きく頷いて歩き出した。


希は大樹と萌が肩を並べて歩き出すのをジッと見守っていたのだった。