校長室を出て、外で待っていた千歳と食堂へ行くと、ゴミ箱を持って中のゴミを頭からぶちまけられている皐月の姿があった。
 我が目を疑うほどの光景。
 座り込み、俯いている皐月の表情は分からない。
 ゴミをかけたのは、昨日まで皐月の取り巻きをしていた派閥の生徒だ。
 久遠が天界に帰ったと知り、さっさとありすに鞍替えをしていたので記憶にもよく刻まれていた。
 ゴミをかけた生徒は若干気まずそうな顔をしながら、そばにいるありすをうかがうよに視線を向けた。
 ありすは腕を組みながらぞくりとするような微笑みを浮かべている。
 そして、ゴミにまみれた皐月に向けて告げる。
「皐月さん、これは皐月さんがこれまでしてきたことの行いが返ってきただけんですよ。これでやっとやられた者の気持ちが理解できましたか?」
 自分は間違っていないと自信にあふれた声で、皐月さんに説教を垂れる。
 ありすに呼応されるように、周囲からヤジが飛ぶ。
「俺たちの気持ちが分かったか!」
「これまで散々下に見やがって」
「いい気味よ。当然の報いだわ」
「もう学校に来なきゃいいのに」
  中には皐月に媚びへつらっていた生徒も混じっており、態度の変わりようにミトを不快感が襲う。
 なんなのか、これは……。
 ありすは正義感から被害に遭った生徒を守っていたのではないのか。
 皐月は確かに多くの生徒をもてあそんでいて、被害者は多いが、これは違うだろう。
 ありすのやっていることは皐月と同じではないか。
 これのどこに正義があるのか。
 見ていられなくなったミトは、一直線に皐月の元へ向かう。
 後ろから千歳がやれやれという様子でついてきてくれた。
 止めるつもりはないらしい。
 ミトは再度別のゴミ箱を皐月にかけようとしたいる生徒の前に立ち皐月を庇う。
 これまで介入してこなかった紫紺の王の伴侶であるミトの登場に、ヤジも止まる。
 ありすもわずかに動揺した顔をした。
「やりすぎよ」
 ありすに向かって告げるが、ありすは強気な表情を取り戻す。
「そんなことないわ。これは因果応報。彼女の悪事が返ってきただけのことよ」
「それを指示してるのはあなたじゃない。それは因果応報とは言わないわ。ただの虐めよ」
 逆らえないと分かって集団で攻撃するなんて……。
 ミトに、村での記憶が脳裏をよぎる。
 逆らいたくても逆らえない、あの頃の嫌な記憶が今とリンクする。
「あなたは今までなにもしてこなかったのに、皐月さんのことは庇うの? それならもっと早く動いてくれればよかったじゃない」 
「龍神を笠に着てやりたい放題してるあなたたちがどっちもどっちだったから、関わりたくなかっただけ。けど、今のこの状況は見ていられない。やり方が汚いもの。理由なんてそれだけで十分よ。正義感気取ってやってるのは皐月さんと同じじゃない」
 ミトとありすの視線が交差する。
 ミトは振り返ると皐月に手を伸ばした。しかし、その手は皐月に振り払われる。
 叩かれるように振り払われたので痛みが走ったが、ミトは気にしていない。
「なんなのよ。同情のつもり? 紫紺の王っていうバックがいる者の余裕ってわけ? あんたに助けられるぐらいなら、こいつらに殴られた方がずっとましよ!」
 そう叫ぶや、皐月は立ちあがって食堂から走って出ていった。
 ミトは周囲を威嚇するように見回す。
「最低ね。あなたたち」
 何名かは気まずそうに視線を逸らしたが、ほとんどの生徒は自分が悪いと思っていない様子だった。
「学校がこんな大変なところだって思わなかった……」
 ぽつりとつぶやいた言葉は千歳だけが拾い、ミトの頭を労るようにポンポンと優しく撫でた。
 翌日から皐月は学校を休むようになった。

 一週間経っても、二週間経っても学校に現れない皐月を、さすがのミトも心配になってきた。
「蒼真さん。なにか知らないんですか?」
 花印を持った子の管理は神薙がしている。
 千歳は知らないようだったが、蒼真ならもしやと思って聞いてみたら、言葉を濁された。
「いや、まあ、なんだ……」
 はっきりとしない蒼真にミトは不審がる。
「蒼真さん、なに隠してるんですか?」
 じとっとした目を向けるミトに、蒼真は観念したように話し始める。
「実はな、ミトの言ってる美波皐月が行方不明なんだよ」
 衝撃の言葉を発した蒼真に、ミトは目を見開く。
「どういうことですか!?」
 ずいっと身を乗り出すミトを「落ち着け」と窘めて、頭を掻く。
「俺たちにも分からねぇんだよ。神薙本部がその行方を捜してるけど、所在を確認できないんだ。久遠様との関係が解消されたから、神薙本部もそいつのことは特に動向を注意してたはずなんだが、二週間前から忽然と姿を消しちまったんだよ」
「なんでですか!」
「俺に言うな。神薙たちも困ってるんだから。久遠様の元とはいえ伴侶だった人物が消えたんだから、本部は大騒ぎだ。町から出てはいないはずなんだけどなぁ」
 二週間前というと、皐月が学校に来なくなった頃だ。
「波琉なら……」
「あー、それは無理だな」
「どうしてですか?」
「とっくに頼んだ後だ。お前を虐めてた奴をどうして探す必要があるんだって断られた。紫紺様にとってはあの女は大事な伴侶を傷つける敵っていう認識だから仕方ないだろ」
 まだ怒っていたのかと、ミトはちょっとあきれてしまう。
 虐められたといってもたいしたことはされていないのだが、それでも波琉には許しがたい子とだったのだろう。
「それに、紫紺様は別のことで忙しいらしいからな」
「別のこと?」
「こっちの話だ。お前は気にするな」
 よく分からないが、波琉の協力を得られないとなると、ミトにできるのはひとつだけ。
「チコに頼んでみましょうか?」
「あ?」
「チコと町にいるたくさんのスズメたちなら、彼女がどこにいるか知っているかもしれませんよ。もし知らなくても、探すのを手伝ってくれるかも」
「その手があったか」
 蒼真は表情を明るくしてミトの両肩を叩く。
「よし、なら頼んだぞ。いろいろと手を尽くした後だから、打つ手がなくなってたところなんだよ。鳥ならもっと多くの情報が得られるかもだな」
 ということで、スズメたちによる龍花の町の大捜索が始まった。
 ミト自身は捜索の役には立たないので、手を貸してくれるスズメたちのために、スーパーに行って一番値段の高いお米を買い、スズメたちに英気を養ってもらう。
 スズメたちはお米をたらふく食べてから次々に町に散っていく。
 捜索の指揮はチコが取っていた。
 町の地図を見ながらスズメたちにどこどこを探すように指示しているのである。
 なんと頼もしいのだろうか。
 ミトは村でも動物たちに助けられてきたので違和感はなかったが、動物たちがミトに従って動いている様子を目にした蒼真はあっけにとられていた。
「話には聞いてたけど、マジか……」
 どうやら蒼真はミトの能力には半信半疑だったようだ。
 これまで蒼真の前でもクロやシロと話をしていたのに、信じられていなかったたは。
 まあ、普通の人間に動物の言葉を理解できないので仕方がない。
 スズメたちだけでなく、クロも町にいる野良猫に頼んで情報集めてくれているようだ。
 しかし、動物たちの情報網を持ってしても、皐月を見つけることはできなかった。
 無為に時間がすぎていくのを歯がゆく思っていると、事態が一変する。
 ある日何事もなかったかのように皐月が学校に登校してきたのだ。
 これには見つからないと頭を悩ませていたミトもびっくりする。
 だが、様子がおかしい。
 制服ではなく私服であり、その服も泥で汚れている。
 いつも綺麗にセットされた髪も艶がなく、ところどころ汚れざんばら状態。
 なによりおかしいのはその表情。
 目に生気がなく、人形のように表情が抜け落ちていた。
 明らかに異様なその姿に、特別科の生徒は騒然となる。
「えっ、なに? 皐月さん……よね?」
「どうしたんだ?」
「なんかおかしくない?」
 驚く生徒たちの声など耳に入っていないように、ゆらりと動いた皐月は、その目にありすの姿を映す。
 ありすに目を止めた皐月は突然豹変したように敵意を剥き出しにありすに襲いかかった。
「きゃあぁぁ!」
「ぐあぁっ!」
 まるで獣のような咆哮をあげありすの肩を掴み、噛みつこうとする。
 慌てて周囲の男子生徒が押さえ込もうとするが、目を血走らせて手負いの獣のように暴れる皐月に、多くの悲鳴が教室に響く。
 数名の男子生徒に捕まえられているにもかかわらず、皐月はそれを振り払っていく。
「ああああぁぁ!」
 皐月の迫力と人間のものとは思えない威圧感に、近付けなくなる。
 誰も動けなくなった中、再びありすに向かっていく皐月を、唯一動けたミトが飛びかかるように押さえつけようとした。
 しかし、男子生徒数名をもってしても押さえきれなかった皐月を、ミトひとりで大人しくさせられるはずがなく、恐ろしいほどの怪力で投げ飛ばされる。
 じりじりとありすに近付いていく皐月。
 ありすは恐怖で足が動かない様子で、震えているしかなかった。
 その時……。
『そいつじゃない』
 どこからか聞こえた、男性のような低い不思議な声。
 出所を探し、ふと窓の外を見ると、梟が木にとまってじっとこちらを見ていた。
 どこか梟に違和感を覚え、目が離せないでいると、皐月がありすから矛先を変えて襲ってきた。
 必死になって抵抗するが、皐月の手がミトの頬や腕に当たり引っかかれる。
 赤く爪痕がつき、ところどころ血がにじむ。
 痛みに顔をしかめながら皐月を遠ざけようとミトも暴れるが、とうとう押し倒されてしまう。
 まずい!と覆い被さってくる皐月の攻撃に身をすくめるところで、皐月の体が横に吹っ飛んだ。
 椅子や机に体を強くぶつけた後、皐月は動かなくなった。
 ミトが目を丸くして驚いていると、手を差し出してくれる人がいた。
「大丈夫?」
「千歳君……」
 千歳は怪我をしたミトの頬や腕を見て、チッと舌打ちをする。
「ごめん。もっと早く気づいてればよかった」
「ううん。助けてくれてありがとう。……皐月さんは?」
 千歳に手を借りながらよろよろと起きあがり、千歳が皐月の様子を確認する。
「気を失ってるみたいだ。念のために拘束しておこう」
 教室内にあったガムテープで、皐月の両手と両足をグルグル巻きにする。
「すぐに本部に連絡するよ。一体なにがどうしたんだ……」
 千歳はスマホを取り出して電話をし始めた。ほっとひと息ついたミトが窓の外を見ると、先ほどまでいた梟の姿はなくなっていた。