昼休み、食堂へ行くと。
「あの子だよ。皐月さんからのお達しがあったやつ」
「いくら特別科だからって皐月さんに逆らうとか馬鹿なのか?」
「龍神に選ばれたありすさんならまだしもさぁ」
「あの子、消されるんじゃないの?」
 そんな陰口が聞こえてくる。
 聞こえてきている時点で陰口ではなくなっているが、それはまあいい。
 一限目の後、二限目の担当だった草葉がやって来るや、「あなたの噂が出回ってますよ」と教えてくれた。
 ミトに散々な言われようをした皐月が、ミトと仲良くしたら許さないという、まるで子供の癇癪のような話を流していたのだ。
 皐月の派閥の生徒により一気に拡散したこの話は、特別科だけでなく普通科にまで周知されてしまった。
 なので、昨日とは違う理由でミトは話題の的だった。
 それもあまりいい意味ではなくだ。
 今日は食堂でパンを買って席を探していると、雫と視線が合ったが、すぐさまそらされた。
 派閥への勧誘があったために雫を苦手だと思っていてなんだが、そんなあからさまにそらされると地味に傷つくというもの。
 ありす派と言い皐月に不満を抱きつつも、ありすのように皐月に逆らうことはできないらしい。
 まあ、仕方がないのだろう。
 反撃を恐れて我が身を守ってしまうことを責めることはできない。
 ミトとて、村長からの仕返しを恐れて、真由子には逆らえなかったのだから。
 ミトがなにかを言える立場ではない。
 でもなんとなく寂しい気持ちになり、無性に波琉に会いたくなった。
「早く授業終わらないかな……」
 そうすれば波琉が迎えに来てくれる。
 初めてのデートだ。きっと楽しいに違いない。
 食堂はなにかと視線を集めてしまうので、人のいない庭でひとり寂しく食べていると、遠くからなにやら小さい点がたくさん見えた。
「なんだろ?」
 青い空にある小さな点は次第に大きくなり、それとともに鳥のさえずりが聞こえてきた。
 それは一直線にミトのところまでやって来るではないか。
 よくよく見てみると、それはスズメの大群だった。
 ぎょっとするミトに向かってくるスズメの集団は、近くの大きな木にとまり、チュンチュンとさえずっている。
 その中から一羽がミトの座るベンチに下りてくる。
 それは村でなにかとお世話になったスズメだった。
『ミト~、やっと会えたわね』
「えー! どうしてここに?」
『あの村にはミトがいなくなっちゃったから、皆を連れて引っ越してきたのよ』
「引っ越しって……。ずっと暮らしてた場所を離れていいの?」
 まさかクロやシロのように、自分についてくるなんて思ってもいなかったミトは心底驚いた。
『いいのよ~、皆もミトと一緒がいいって言ってるから』
 そうだそうだと同意するように、そばの木からスズメたちのチュンチュンという合唱が聞こえてくる。
『それに、あの村のこともミトに教えたかったし』
「なにかあったの?」
 村は波琉により家が壊されたことしかしらない。
 その後のことはミトもすっかり頭の中から消えていたので、蒼真に確認したりもしなかった。
『なんか警察がいっぱい来てね、村長やミトの家族をハブってた大人たちを捕まえて連れていっちゃったのよ』
「そうなの!?」
『うん。なんか、花印を持った子供を隠して虐待してた罪だって。なんかいろいろ騒いでたけど、ほとんどの村人が逮捕されちゃったわ。残念なのが、真由子とかミトと同年代の子は逮捕されなかったことかしら。子供のしたことって判断されたみたい』
「じゃあ、真由子は変わらず村にいるんだ」
 一番真由子に虐められていた過去を思うと、罰がないのは少し複雑だった。
 けれど、スズメは否定する。
『変わらずってことはないわよ。だって家は半壊して、まともに住める状態じゃないし、頼れる大人は全員連れていかれちゃったんだもん。逮捕されるよりよっぽど罰になってるかもしれないわね。ざまあみろよ』
 スズメは楽しそうなチュンチュンと飛び跳ねる。 
「確かにそう言われてみればそうかもしれない」
 そうか、村長たちは人間の法でしかるべき罰が与えられるのかと、ミトはなんだか感慨深くなった。
 もう、すべてが終わった過去なのだと。
 感傷に浸るミトに、不快な声が耳に届く。
「あら、誰にも相手にされなくなって鳥とおしゃべりしてるわよ。あはは」
 馬鹿にするような笑い声に振り返ると、皐月が取り巻きと一緒になってこちらを見ていた。
「鳥に話しかけるなんて頭おかしいんじゃない?」
「やだ、皐月さんったら。皐月さんにあんなこと言う時点で頭がおかしいのは分かってるじゃないですか」
「ふふふっ、それもそうよね」
 クスクスとミトを見て嘲笑う皐月たちに、ミトは遠い目をした。
 懐かしいなと。村ではこんなやり取りは日常茶飯事だった。
 中心人物が真由子から皐月に変わっただけである。
 こういう輩の対処法は知っている。
 無視するのが一番相手に堪えるのだ。
 なにせ相手は反応を見たくてしているのだから。
 案の定、ミトが知らんぷりをしていると、皐月の怒った声が聞こえてきた。
「この私が話しかけてあげてるのに無視するなんて何様のつもりなの!?」
 知らんがなと、ミトは心の中でつぶやく。
「なんとか言いなさいよ!」
 ズンズン近付いてくる皐月に、ミトのそばにいたスズメの目が剣呑に光る。
「チュンチュン!」
 普通の者には鳴き声でしかなかったが、ミトには『一斉投下!』と聞こえていた。
 すると、木で休んでいたスズメたちが一斉に飛び立ち、皐月の上空からフンを落としていったのである。
「きゃあぁぁ!」
「やだ、なによ!」
「いやぁぁ!」
 阿鼻叫喚の皐月と取り巻きは、あっという間にフンまみれになり、騒ぎながら逃げるように行ってしまった。
 スズメは皐月たちを退場させると、どこかへ飛んでいってしまった。
「どこ行ったの?」
 その問いには、一羽残った馴染みのスズメが答える。
『ミトの暮らしてる屋敷に行ったのよ。そこは森みたいに木々もたくさんあるからそこを住処にすることにするわ』
「そっか。助けてくれてありがとう」
『それは別にいいけど、ミトったらここでも虐めに遭ってるのね』
「あはは……」
 ミトは返事に困り笑うしかなかった。
『でも私が来たからには大丈夫よ。ミトが虐められたら、今度は私が投下してやるんだから』
 意気込むスズメに、ミトはほっこりとした。
 頼もしい味方が増え、ミトの生活はさらに賑やかになりそうだ。