今日の夕飯はカレーにした。カレーを多めに作れば何日かはそれを食べればいいし、アレンジも沢山ある。今日はご飯にしたけど明日はうどんにすれば良い。櫻ちゃんもうどんを茹でることくらいはできるはずだ。私はカレーが入った鍋に蓋をしてキッチンを片付けてリビングに戻る。久しぶりにお腹いっぱいの食事をした櫻ちゃんは満足そうな顔をしながらスマホを見ていた。
「先輩、ありがとう」
「いいえ。課題は大丈夫なの?」
「お母さんみたいな聞き方だね…。大丈夫。ちゃんと計画的に進めているから」
半分恋人、半分母親の位置にいる私は少し鬱陶しいだろうか。櫻ちゃんは勉強もできるし真面目だから心配は不必要だろう。それをわかっているのに心配してしまうのは櫻ちゃんに母性が出ているのか。そうでないと思いたい。私は恋人なのだから。
「今日の占いの結果悪かったんだけど。当たらなかった」
「いい事あったの?」
「先輩に会えた」
「……」
「照れた?」
「照れてない」
周りからみたらバカップル。でも恋愛で馬鹿できるのは今の歳だけだと、確か高校の先生が笑いながら話していたのを思い出した。
「あっ、このニュース…」
「ん?」
急に櫻ちゃんが目を向けたので、私もつられたように目を向ける。その先にはテレビの画面にニュースが映っていた。画面上にある見出しを読むと『10代の自殺増加』の文字。下には大きく棒グラフが並んでいて専門家の人がコメントをしている途中だった。
「自殺…」
「前も同じニュース見たなと思って。学校関係の問題が1番多いね」
「良い人ばかりじゃないからね。やっぱりいじめとかかな?」
「それが1番なのかな?実際のところよくわからないけど」
「はぁ、なんでそんな事をするのか……」
「時代の変化が大きいのかもしれないよ」
「どういうこと?」
「あくまで私の意見だけど、今は結構世の中で精神的な病気とか個性的な性格とかが広まってきているはずなんだよね。その中にも私達みたいに同性同士の恋愛とか心の性のこととかも。だから昔よりは人に言いやすくなったと思う。でも、それは多少であってまだまだ理解が全員に行き渡ってない。この子になら話せると思って話したら拒絶されたということだってあるんじゃないかな?
みんながみんな理解してくれているとは限らないし」
「………私、馬鹿だからその内容が理解できない」
「んーと、まぁあれだよ。広まってきたと思ってもまだまだ油断は出来ないかなっていう話」
「ふーん」
「あくまで私の意見だよ?」
内容を完全には理解できてないけどある程度は頭に入ったと思う。しかし言葉を覚えただけで意味はわかっていない。「シワ寄ってる」と櫻ちゃんの細長い指が眉間に当てられた。
「ねぇ、先輩は私達の事を誰かに話したいとかある?保那くんを除いて」
「うーん。友達には話しておきたいかな。保那くんは別だけど」
「保那くんは私達が言ったというよりバレたからね。観察力が凄すぎて」
「あの時はびっくりしたよ…。急に2人は付き合ってるの?なんて言うんだから」
以前、3人で出かけた時に保那くんは私達にそう言った。そこまで近い距離ではなかったし怪しい行動だってしていない。でも昔から通常よりも人の情報を読み取るのが敏感らしく、薄々気付いていたらしい。言われた瞬間は私もなんで返していいか分からずあたふたしていたし、いつもは冷静な櫻ちゃんでさえ言葉を詰まらせていた。そんな私達の様子を見れば答えを口にせずともわかってしまう。しかし保那くんはいつも通りの感じに「やっぱりそうか。お似合いだね」と微笑んで言っていた。
そう考えると案外私達のような事を理解している人は多いのかもしれない。先程の櫻ちゃんの意見だとまだ油断できないと言っていたけど若い人なら結構わかってくれるのではないのか。昔ながらの考えを持つ年配の方からしたら同性同士なんて馬鹿らしいと思われるけど、今の時代の流行りを生きる若者ならば年配の方とは違うのではないのか。
私は1人頭の中で論文を想像して研究者の気分になる。今だけは頭が良くなってる気がした。
「先輩、聞いてる?」
「え?なんて?」
「今度回転寿司行こう」
「なんで急に」
「あれ」
研究者気分は束の間、櫻ちゃんによって現実へと引き戻された。さっきまでドス黒い自殺の話とかをしていたのに急に回転寿司の話になる。頭にハテナマークを浮かべながら櫻ちゃんが指を差す方向に首を動かすとニュースで水族館の特集がやっていた。
「…まさか水族館見てお寿司食べたくなったの?」
「うん。そうだよ」
「なんて残酷な……」
さっきまでまともな意見を言っていたとは思えない言葉にまた私は違う意味で頭を悩ませた。
「それでね。水槽を優雅に泳いでいる魚を見て回転寿司に行きたいって言い出したんだよ?」
「たまにいるよね。そういう人」
「まさか恋人がそういう人だとは」
「冷めたの?」
「冷めてはいないけど…」
櫻ちゃんの家でお泊まりをしてから数日後、私はミニカレーを突っつきながら美湖ちゃんと大学の食堂で話していた。今日は取る科目は違うけど時間的に同じだったので一緒に食べようと私が誘った。美湖ちゃんは嫌な顔一つせず「いいよ」と言って今、きつねうどんを啜っている。そういえば櫻ちゃんはちゃんとカレー食べたかな?冷凍うどんを買って冷蔵庫に入れて置いたから存在には気付いていると思うけど…。
「七海」
「もしかして奥の方に置いちゃったかな?」
「七海」
「確認してみようかな…?でも迷惑かも」
「…七海」
「お母さんみたいって思われたくないし」
「カレー貰うね」
「だ、だめだよ!」
櫻ちゃんの食事事情を考えていると、私のミニカレー皿に美湖ちゃんの手が迫っていて思わず掴んで静止する。危うく両手でカレー皿が引き寄せられて食べられるところだった。
「本当に好きなんだね。恋人さん」
「うん?まぁね。どうして?」
「1人でぶつぶつ喋ってたよ。私が呼んでも返事しないし」
美湖ちゃんの腕が離れようとしているので私は掴んでた手を離す。私が離した腕は自分のところに戻っていった。
「でもいいね。そういう関係は」
「そうなのかな?」
「うん。でもあまり恋人で自分の世界に入りすぎないようにね」
「はーい」
美湖ちゃんは残っているきつねうどんを啜る。美湖ちゃんの食べ方はとても綺麗で見ていて嫌な気分にならない。まるで櫻ちゃんのようだった。私もミニカレーを口に頬張る。
「美湖ちゃん……」
「ん?どうかした?」
「いや!次は普通カレーに挑戦しようかな!」
「絶対無理でしょ…」
ふと、口に出そうとした言葉は喉に止まってしまった。美湖ちゃんは他の子とは少し違う。何がとは言えないけど私の勘がそう言っている。でも、違うからと言って油断はできない。そうだよね。櫻ちゃん。
『美湖ちゃん私の恋人、女の子なの』
「先輩、ありがとう」
「いいえ。課題は大丈夫なの?」
「お母さんみたいな聞き方だね…。大丈夫。ちゃんと計画的に進めているから」
半分恋人、半分母親の位置にいる私は少し鬱陶しいだろうか。櫻ちゃんは勉強もできるし真面目だから心配は不必要だろう。それをわかっているのに心配してしまうのは櫻ちゃんに母性が出ているのか。そうでないと思いたい。私は恋人なのだから。
「今日の占いの結果悪かったんだけど。当たらなかった」
「いい事あったの?」
「先輩に会えた」
「……」
「照れた?」
「照れてない」
周りからみたらバカップル。でも恋愛で馬鹿できるのは今の歳だけだと、確か高校の先生が笑いながら話していたのを思い出した。
「あっ、このニュース…」
「ん?」
急に櫻ちゃんが目を向けたので、私もつられたように目を向ける。その先にはテレビの画面にニュースが映っていた。画面上にある見出しを読むと『10代の自殺増加』の文字。下には大きく棒グラフが並んでいて専門家の人がコメントをしている途中だった。
「自殺…」
「前も同じニュース見たなと思って。学校関係の問題が1番多いね」
「良い人ばかりじゃないからね。やっぱりいじめとかかな?」
「それが1番なのかな?実際のところよくわからないけど」
「はぁ、なんでそんな事をするのか……」
「時代の変化が大きいのかもしれないよ」
「どういうこと?」
「あくまで私の意見だけど、今は結構世の中で精神的な病気とか個性的な性格とかが広まってきているはずなんだよね。その中にも私達みたいに同性同士の恋愛とか心の性のこととかも。だから昔よりは人に言いやすくなったと思う。でも、それは多少であってまだまだ理解が全員に行き渡ってない。この子になら話せると思って話したら拒絶されたということだってあるんじゃないかな?
みんながみんな理解してくれているとは限らないし」
「………私、馬鹿だからその内容が理解できない」
「んーと、まぁあれだよ。広まってきたと思ってもまだまだ油断は出来ないかなっていう話」
「ふーん」
「あくまで私の意見だよ?」
内容を完全には理解できてないけどある程度は頭に入ったと思う。しかし言葉を覚えただけで意味はわかっていない。「シワ寄ってる」と櫻ちゃんの細長い指が眉間に当てられた。
「ねぇ、先輩は私達の事を誰かに話したいとかある?保那くんを除いて」
「うーん。友達には話しておきたいかな。保那くんは別だけど」
「保那くんは私達が言ったというよりバレたからね。観察力が凄すぎて」
「あの時はびっくりしたよ…。急に2人は付き合ってるの?なんて言うんだから」
以前、3人で出かけた時に保那くんは私達にそう言った。そこまで近い距離ではなかったし怪しい行動だってしていない。でも昔から通常よりも人の情報を読み取るのが敏感らしく、薄々気付いていたらしい。言われた瞬間は私もなんで返していいか分からずあたふたしていたし、いつもは冷静な櫻ちゃんでさえ言葉を詰まらせていた。そんな私達の様子を見れば答えを口にせずともわかってしまう。しかし保那くんはいつも通りの感じに「やっぱりそうか。お似合いだね」と微笑んで言っていた。
そう考えると案外私達のような事を理解している人は多いのかもしれない。先程の櫻ちゃんの意見だとまだ油断できないと言っていたけど若い人なら結構わかってくれるのではないのか。昔ながらの考えを持つ年配の方からしたら同性同士なんて馬鹿らしいと思われるけど、今の時代の流行りを生きる若者ならば年配の方とは違うのではないのか。
私は1人頭の中で論文を想像して研究者の気分になる。今だけは頭が良くなってる気がした。
「先輩、聞いてる?」
「え?なんて?」
「今度回転寿司行こう」
「なんで急に」
「あれ」
研究者気分は束の間、櫻ちゃんによって現実へと引き戻された。さっきまでドス黒い自殺の話とかをしていたのに急に回転寿司の話になる。頭にハテナマークを浮かべながら櫻ちゃんが指を差す方向に首を動かすとニュースで水族館の特集がやっていた。
「…まさか水族館見てお寿司食べたくなったの?」
「うん。そうだよ」
「なんて残酷な……」
さっきまでまともな意見を言っていたとは思えない言葉にまた私は違う意味で頭を悩ませた。
「それでね。水槽を優雅に泳いでいる魚を見て回転寿司に行きたいって言い出したんだよ?」
「たまにいるよね。そういう人」
「まさか恋人がそういう人だとは」
「冷めたの?」
「冷めてはいないけど…」
櫻ちゃんの家でお泊まりをしてから数日後、私はミニカレーを突っつきながら美湖ちゃんと大学の食堂で話していた。今日は取る科目は違うけど時間的に同じだったので一緒に食べようと私が誘った。美湖ちゃんは嫌な顔一つせず「いいよ」と言って今、きつねうどんを啜っている。そういえば櫻ちゃんはちゃんとカレー食べたかな?冷凍うどんを買って冷蔵庫に入れて置いたから存在には気付いていると思うけど…。
「七海」
「もしかして奥の方に置いちゃったかな?」
「七海」
「確認してみようかな…?でも迷惑かも」
「…七海」
「お母さんみたいって思われたくないし」
「カレー貰うね」
「だ、だめだよ!」
櫻ちゃんの食事事情を考えていると、私のミニカレー皿に美湖ちゃんの手が迫っていて思わず掴んで静止する。危うく両手でカレー皿が引き寄せられて食べられるところだった。
「本当に好きなんだね。恋人さん」
「うん?まぁね。どうして?」
「1人でぶつぶつ喋ってたよ。私が呼んでも返事しないし」
美湖ちゃんの腕が離れようとしているので私は掴んでた手を離す。私が離した腕は自分のところに戻っていった。
「でもいいね。そういう関係は」
「そうなのかな?」
「うん。でもあまり恋人で自分の世界に入りすぎないようにね」
「はーい」
美湖ちゃんは残っているきつねうどんを啜る。美湖ちゃんの食べ方はとても綺麗で見ていて嫌な気分にならない。まるで櫻ちゃんのようだった。私もミニカレーを口に頬張る。
「美湖ちゃん……」
「ん?どうかした?」
「いや!次は普通カレーに挑戦しようかな!」
「絶対無理でしょ…」
ふと、口に出そうとした言葉は喉に止まってしまった。美湖ちゃんは他の子とは少し違う。何がとは言えないけど私の勘がそう言っている。でも、違うからと言って油断はできない。そうだよね。櫻ちゃん。
『美湖ちゃん私の恋人、女の子なの』