パンケーキなんていつぶりだろうか。もしかしたらホットケーキは食べたことあるけどパンケーキは初めてかもしれない。私は目の前に並べられた3品のパンケーキの皿を見ながらそう思った。
生クリームとフルーツがふんだんに使われたパンケーキ2つ。ご飯系というのか目玉焼きとベーコンが乗せられてソースがかかっているパンケーキ1つ。個人的にそそるのはご飯系なのだが他の2つもとても美味しそうだ。

「凄い!美味しいそう!」
「最初に取り分けておくね」
「ありがとうございます」

SNS用の写真を何枚も撮る七海と気を利かせて写真を撮られたパンケーキから3人分に分ける大道さん。そして写真を撮らず、パンケーキも取らなくてお礼を言っている私。3枚の取り分け皿に綺麗に盛っていく大道さんは慣れた手つきで素早く皿に置いていた。

「大道さん、ありがとうございます」
「いえいえ。取り分けるの好きなんで」
「これインスタ載せて良い?顔は写ってないから!」
「うん。いいよ」
「俺も」

そんな会話をしながら私達はパンケーキに手をつけた。

「「「いただきます」」」

口に入れると生クリームの甘さが先に来るが噛むとパンケーキがシュワっとなって絶妙な歯応えだった。メニュー表に書いてあったスフレというのはこれの事なのだろう。今まで食べたケーキの中ではダントツでシュワシュワしている。そこにフルーツの食感が合わさってなんとも言えない。私は今、この驚きに目が見開いているだろう。
七海と大道さんも幸せそうな表情をしてパンケーキを頬張っていた。普段、甘い物を食べない私でもこれならパクパク食べれてしまう。スフレ、凄い。

「美味しい!!」
「本当だね」
「喜んで貰えて良かったです。こっちの皿のも美味しいですよ?」

食べ物の幸せとはこういう事なのか。久しぶりに感じた。甘い系2つとご飯系のパンケーキはあっという間に完食していた。3人して飲み物を口にし、ほっと息をつく。

「美味しかった〜」
「うん。スフレは初めてだけどハマりそう」
「それなら今度別のお店を紹介しますよ」
「あ!いいな〜。私にも紹介して!」
「もちろん」

数分前まで食べていたのにも関わらず、もうすでに次の食べ物の話を始める。食べた後ってあまり食事の話はしたくなくなるが今日は別だった。






「じゃあ私こっちだから!」
「一緒の電車で帰らないの?」
「この後恋人と会う約束!」
「そ、そう…」
「今日は楽しかったよ。松本先輩によろしくね」
「うん!こちらこそ!また3人でスイーツ食べに行こうね」
「うん。また大学で」
「美湖ちゃんバイバイ!保那くん、美湖ちゃんの護衛よろしくね!」
「はいはい」

パンケーキも食べ終わり3人でお店を出た後、朝降りた駅で七海と解散した。どこか他にも行こうかという話も出たけどお店周辺はあまり施設が無かったので今日は解散しようとなったのだ。
七海は恋人に会うため違う電車に乗るらしく、必然的に大道さんと2人になる。今日あったばかりの人だと心臓が飛び出るくらいにバクバクするが、スイーツを一緒に食べた仲なのかそこまででもない。しかし脈拍が速くなっているのはいつもと変わりない。

「それじゃあ俺達も行きましょうか」
「ご、護衛とか大丈夫ですよ!護衛と言うのもどうかと思うんですけど…。とにかく、1人で帰れるので」
「俺、影月さんと最寄駅一緒なので。まさか駅の柱で2人して待ってるとは思ってなかったけど。だから護衛させてください」
「あっ、はい」

何故かテンパってお礼も言えない自分を頭の中で怒る。「あっ、はい」って意味がわからない。こうなるのなら、せめてネットでコミュニケーションのとり方を調べておけばよかった。今更遅いのだが。それに「護衛させてください」なんて良い人すぎないかと思ってしまう。パンケーキのお店に居た時も定員さんに席が空いているかを真っ先に確認してくれて、七海が拗ねた時は優しく慰めて、パンケーキが運ばれてきた時には率先して3人分に分ける。もしかしたら大道さんって女慣れしているのかもしれない。たぶん、私と七海以外にも何人もの人がスイーツ巡りに誘われたんだ。それで学んだ女心を今活かしきっている。絶対そうだ。

「ん?どうかしました?」
「いえ!何でもないです!」
「そっか。あ、そろそろ電車来きますよ」

私は知っている。こういう人は何人もの人を喰らってきた事を。全てネット情報だが。いくら人との距離を一定にして、友達が少ない私でも流される時は流されてしまうところがある。しかしちゃんと自覚した今なら大丈夫だろう。私は、流されない。絶対流されない。


私は流されていないが電車は流されていく。この時間帯だからか朝よりは人も少なく座席に座れている。電車に乗った後も大道さんは私に話しかけてくれる。大学では何の教科を取っているのとか、スイーツは何が好きとか。しかし私は曖昧な返事しかできない。一言話して終わりになってしまう。それなのに大道さんはいろんな話題を提供する。沈黙が苦手なのかもしれないし、話さないと可哀想と思われているのかもしれない。それでも大道さんに話しかけて貰えるのは少し嬉しかった。二駅分の距離はあっという間で気づけば最寄駅に着いていた。私と大道さんは駅前の大きな柱の前で止まる。

「影月さん、家まで送ります」
「え、いや、大丈夫です!」
「でも…」
「すぐそこだから大丈夫です!」
「そうですか?わかりました。あ、あと連絡先交換しませんか?影月さんが良ければ」
「は、はい。ぜひ」

流石にこれ以上、会話で気を遣わせてしまうのは申し訳なくて私は護衛を断る。大道さんは少し納得のいかない表情だったけど引き下がってくれた。しつこくしない所も女慣れしてるからだろう。
そして今、私のスマホのトーク欄に新しい名前が刻まれた。

『大道保那』

七海以来の新しい友達が入る。大学に入ってから質より量で作った友達を容赦なくブロック削除したので家族のしか無かったアカウントは今では2人の友達が入っている。たった2人だけど今の私には十分だった。

「またスイーツ食べに行きましょう」
「はい。今日はありがとうございました」
「こちらこそ。それじゃあまた」

大道さんと別れた私は一人暮らしの家に向かって足を進めた。途中、七海からメッセージが届いて見てみると今日撮った写真がまとめて送られてきた。少し口角が上がって、後でゆっくり見ようと思いまた歩き始める。とても心地の良い気分だった。


しかし家に着けば一気に現実に戻ってしまう。ボロボロになった家具に今朝散りばめた服達。片付けするのが怠くなってくる。服は後で片付けるとして、次に目に入るのは家具。また以前意識して見た時より汚くなっていた。

「もし、もしこの部屋を2人に見られたら…?」

きっと引かれるだろう。
しかし新調する気は全くない。どうせ明日になればまた壊そうとするのだから。友達という魔法にかかっている今は壊すという欲は出てない。でも、2人の存在が当たり前になれば私はまた毎日のように何かを壊すだろう。癖という名の呪いは解呪する方法は今の私では見つけられなかった。