「何気にさ、私達2人でお酒飲んだこと無かったよね。まぁ当たり前なんだけどさ。私はたま〜に飲むけど飲みすぎると脱ぎ出すらしいから止められてるの」

シュッと音が鳴って缶が開く。お酒の話をしたのに飲むのは炭酸ジュースだ。帰りのことを心配した結果ジュースにしようと考えた。私はもう一本、夫の分のジュースを開ける。シュッと開ける時に鳴る音はいつ聞いてもいい。私は目の前に缶ジュースを差し出した。

「今日は、和菓子にしてみた。最近就職活動で忙しくて暴食しまくったら太ってきたから。…笑ってないよね?」

鞄からここに着く前に寄った和菓子屋さんに並んでいた大福を2つ取り出して私と夫の前に置く。和菓子なら洋菓子よりはカロリーが少なそうという作戦だった。

「よし、それじゃ、私達の結婚1周年に乾杯」

缶同士をカチンとぶつけて私は一口ジュースを飲む。口の中で染み渡る感覚に幸せが走った。暑い中で飲む炭酸ジュースは格別だ。私は続けてもう一口飲んだ。
ここは大道家のお墓だった。この中に私の夫、大道保那が眠っている。ちょうど場所的に木陰ができる場所だったので保那もきっと暑さを凌げるだろう。私も木陰があることによって今日の暑い日差しを直接浴びなくて済んだ。しかし蚊は結構いると思う。一応虫除けスプレーはかけてきたけど、もしかしたら家に帰ってムヒを塗りたくるかもしれない。それはそれでしょうがないけど。

「あっ、保那見て。…七海と松本さんがアルバム作ってくれたの。七海の高校の同級生が色々とやってくれたんだって。凄いよね。私と保那だけが入った本だよ」

取り出したアルバムを私は優しく撫でる。七海達が今日の為に今まで撮った写真を詰め込んだ本を作ってくれた。先週、七海が私の家に来て手渡ししてくれた時は泣きそうになって思わず七海を抱きしめた。その光景を見たら保那は嫉妬してしまうかもしれない。これは私と七海の内緒だ。アルバムを貰って少し経ったけど私は開いていなかった。勿論、今日保那と一緒に見たかったから。気になって開いてしまいそうになってしまったけど、やっぱり保那と一緒に開きたかった。
私は向かい合っていた体勢からお墓に背を向けて保那にも一緒に見れるようにする。

「開けるよ?」

分厚い表紙を開くと
『大道美湖。大道保那。結婚1周年!』と大きな文字で書かれていた。

「いつもは影月って名乗ってるから大道美湖って呼ばれると照れるね」

次のページを開くと早速写真が載せられていた。写真の下には日付が付いていてきっと七海が毎回のように撮っていたスマホからの画像だろう。1番最初に載っていた写真は、入院し始めて1ヶ月半経った頃の私と保那のツーショットだった。

「ははっ、懐かしい〜。今より化粧しなかったから顔が違く見える」

寝転がり微笑む保那とピースをして笑う私。撮った記憶は全くないけど、懐かしく思える。この日から約2年経っているから当然かもしれない。色々と変わった2年だった。
ページを次々と捲ると保那だけの写真や私だけが写された写真も出てくる。時折、後ろを向いて「凄いね」と話しかけながら私達は見ていた。またページが変わると思いがけない写真も載っていた。

「え!これって初めて保那と会った時に食べたパンケーキだ!」

アルバムの中間に突入した所で元気に笑顔を見せる保那とカチカチな笑顔でパンケーキを見ている私が貼り付けてあった。パンケーキと保那。アイスコーヒーを飲む私。そしてパンケーキを取り分けている保那とお皿を持ってそれを手伝う私。

「ねぇ何でこんな写真まであるの……?」

久しぶり見た元気な姿の保那を見て目が潤んでいく。私の記憶にある保那は大半、入院中の顔だったから以前はこんな風に笑ってたなと思い出が蘇る。見開き2ページに掲載されている写真だけで涙が流れて落ちた。泣き顔を保那に見られたくなくて涙を拭いて私は側に置いてあった炭酸ジュースに口をつける。

「あっ、これ保那のだった」

気を取り直して私はまたアルバムに手を付けた。
次のページには写真の斜めに手書きで何かが書いてあった。
『美湖ちゃん初めて保那と呼ぶ!』
まるでアニメの題名かと思える1行は先程の涙を引っ込めそうなくらいにインパクトが凄かった。書いてある文字の通り、私はこの時から大道さん呼びをやめた。日付は詳しく覚えていないけどこの時は確か、私と七海と妹さんがお見舞いに来ていた。私のスイーツ紹介が恒例となって毎回七海と妹さんは楽しみにしていたからなるべく私が来る時間と合わせるように来ていた時だ。その時に私は「大道さんはこういうの好きですよね?」と言った瞬間七海が立ち上がって私に「何で苗字呼びなの?」と問いかけられた。それに乗せられて妹さんも「今から名前呼びで!」と悪ノリし始めて2人は「ほらほら〜」と急かすように私に言ってきた。

「ほ、保那……くん」

恥ずかしかったけど、七海達の勢いに負けて私がそういうと保那は顔を赤くして私から視線を外した。そんな光景に悪ノリ2人が騒がない訳がない。私が睨みつけるまで囃し立てていた。


「今となっては君付けなんてしなくても普通に呼べるようになったね。…いつか遠い未来で私の名前も呼んで欲しいな」

悪戯っ子な笑顔で私は保那の方を向く。それに応えるように辺りに涼しい風が吹いた。