とある冬の日。保那くんは家族と友達に見守られながら旅立って行った。1番近くに美湖ちゃんが座って手を優しく握って愛おしそうな目で保那くんを見つめていた。向かい側には私と櫻ちゃんが座って「ありがとう」と言葉を口にしながら左手を握った。後ろには妹ちゃんや、お母さん、お父さんが涙ぐみながらも笑顔で保那くんを見ていた。そんな保那くんは最後まで美湖ちゃんから目線を外さないで、目を完全に閉じる時まで美湖ちゃんに気持ちを伝えるように見つめていた。私達の方も少しくらいは見て欲しかったのに、やっぱり妻の美湖ちゃんが良かったらしい。そんな事を美湖ちゃんと櫻ちゃんに話したら笑われてしまった。
美湖ちゃんの左手の薬指には指輪がはめられている。保那くんとお揃いの物で、現在、保那くんの指輪は美湖ちゃんがネックレスにして首にかけていた。保那くんが入院して1年経った頃2人は結婚した。籍は入れていないけど、結婚式場で車椅子に座った保那くんと純白のドレスを着た美湖ちゃんがお互いに指輪を交換し合った。勿論、私もその結婚式に参列して写真を色んな角度で撮りまくったし、主役の2人よりも涙を流した。婚約して2人で過ごせたのは半年間だったけど、美湖ちゃんは1日1日を大事にして保那くんに寄り添っていた。
美湖ちゃんは現在、大学4年生で就職活動を積極的にやっている。私も大学に行くと会う時があるけど色々と忙しそうだ。会った時は必ず、食堂で2人でご飯を食べる。美湖ちゃんはうどん。私はカレーを頼んで少量食べてもらう。このルーティンも気がつけば1年経っていて時が過ぎるのを早く感じる。1年経っていても私は普通盛りカレーを完食出来なかった。



そんな私は美湖ちゃんと同じ大学4年生だ。そしてこれから私は闘いに向かう。戦場は以前も来たことのあるパンケーキ屋だった。1番先に着いた私は迷わずテラス席に直行する。そういえば前回もこの席に座った気がする。

「あっ、先輩早いですね」
「櫻ちゃん!……と神奈月さん」
「なんで私は付け足しなの〜」
「別にそういう意味ではないよ」
「ふーん」
「話し合いの前に何か頼もうか。先輩はどれにする?」
「オレンジジュースとオススメパンケーキで」
「決めるの早くない?七海ここに来たことあるの?」
「うん。保那くんと美湖ちゃんとね」
「ああ、その2人って今日の話し合いのテーマの…」
「そうだよ。華さんは会ったことないと思うけど、今から作る物を渡す時にぜひ会って欲しいな」
「うん。楽しみ〜。よし!気合い入ってきた」
「今日は私達が奢るから。せっかく手伝って貰うから」
「そんなのいいのに。でもありがと!お言葉に甘えま〜す!」

待ち合わせしていたのは、ぬるぬるした喋り方は今も健在の神奈月華。そして元カノであり隙あらば私が復縁しようとしている人、松本櫻。今日は前から個人的に進めていた計画を手伝って貰うために2人を呼んだ。目の前の2人はメニューを決めて定員さんを呼び、パンケーキとドリンクを頼む。相変わらず櫻ちゃんはアイスコーヒーで、それを真似するように神奈月さんは同じ物を頼む。まるで私だけがお子様のように思えてしまうけど、私はただ苦い物に対して味覚が敏感なだけ。前に保那くんが私に言ってくれた言葉を頭の中で唱えて落ち着かせる。

「それでアルバムを作るんだよね」
「うん!美湖ちゃんと保那くんの結婚1周年を記念して今まで私が撮ってきた写真をギュッと本に詰めようと思って!保那くんが元気な時の写真もあるし、闘病してる時の写真も沢山私のスマホに入っているからそれを使って欲しいの!」
「なるほど。それでデザイン科の華さんを呼んだわけか」
「そういうこと!神奈月さんどうかな?出来る?」
「勿論。レイアウトとかデザイン関係は任せて」
「ありがとう!頼りにしてます!」
「よろしくお願いします。華さん」

後2ヶ月程で美湖ちゃんと保那くんの結婚1周年が迫っていた。最初は何か贈ろうとしか考えて居なかったけど、コンビニスイーツを食べていたら「アルバムを作ってみよう!」と急にアイディアが降りてきてた。最初美湖ちゃんと保那くんを知っている櫻ちゃんに相談すると、デザインとかは本格的にしてみたら?とアドバイスを受けて早速ネットで調べて見る。しかしどれに頼めば良いのかもわからずに迷っているとたまたま同じ教室にいた神奈月華に調べていたスマホの画面を見られてしまった。すると、

「アルバム作るの〜?私がやろうか〜」

なんてぬるぬるした言葉で言われて思わず後退りしてしまう。神奈月華は元カノの櫻ちゃんの浮気相手だったため今まで警戒していたし、話しかけることなんてしなかった。たぶん、この人は私が櫻ちゃんの元カノとは知らずに話しかけたのだろう。目の前にいる今だって私と櫻ちゃんの昔の関係は知らないようだ。櫻ちゃんとは友達関係と思っているらしい。しかし私は浮気相手とわかっているので神奈月華に大事な仕事を頼みたくなかった。しかし次の瞬間に彼女から放たれるある言葉に気が変わってしまった。

「私、デザイン科だし結構成績いいよ?何件かバイトで依頼もやってるし。それに私と七海の仲だから代金要らないけど?」
「それ本当?」
「嘘つくわけないじゃん。どうする?私が担当していい?」
「……お願いします」

神奈月華は本気の時はいつものぬるぬるトークが無くなる。それは大学に入ってから気づいたことだった。本心からしたらお願いなんてしたくないけど、料金の問題が関わってくると華の提案に食い付いてしまう。お金関係で魚が餌を撒かれたときのように食べてしまったのは私の心が腐っているのか。せっかくならそれなりにちゃんとした物を贈ってあげたい。しかしバイトもしていない私は収入がないのだ。仕送りの生活で節約しながら過ごしている私にとってプロの仕事を頼むには出費が痛かった。腹を括って私は神奈月華にアルバムの作成の手伝いをお願いして現在に至る。