アレでもない。コレでもないと数時間クローゼットの前を動けなかった。早起きして良かったと朝起きた時の自分を褒めてあげたい。
今日は土曜日。数日前に友達の七海からスイーツ食べ歩きのお誘いを受けた。まだ『友達の七海』と言うのは慣れないけど、むず痒い感情が走るのは悪くなかった。
私はそろそろ時間的に服を決めた方がいいなと思い急いで決める。高校の時に、心が満たされないから作った恋人とのデート準備より時間がかかっているはずだ。ただ、友達と遊ぶだけなのになぜこんなに舞い上がるのだろうと不思議に思ってくるが、今はコーデを決めなければいけない。選ばれたのは最初に出して引っ掻き傷があるベッドに放り投げた服だった。



待ち合わせは私の家の最寄り駅だった。その方が目的のお店がある駅に近いからだという。そこまで早く出なくてもいいかなと思っていたが、家で待っているとソワソワしてしまって予定よりも早く家を出た。大学に向かうよりも足取り軽い気がする。最寄り駅だしあっという間に着いていて思った通り時間までまだまだあった。駅の入り口近くの大きな柱に背中をつけて待ち行く人の観察をしようとするがここの駅はそこまで大きな駅ではないからまばらにしか人が来ない。スマホをいじろうかとも考えたが特に見るものもないからやめておく。あの人はデートかな。そっちの人はチャラそう。なんかあの人オシャレだな。勝手な偏見で決めつけながら人間観察をしていると少しずつ時間は経っていく。するとオシャレだなと思っていた人がこちらに向かって来て私の横を通り過ぎると同じように柱に背中をつけた。この人も待ち合わせなのかとまたまた勝手に決めつける。

「あっ!美湖ちゃん!」

数分後、七海がこちらに向かって小走りで来た。長めのスカートを揺らしながら私の方に向かってくるその姿は恋人でもない私でもキュンとしてしまう。これが美人の威力なのかと心と体に刻まれた。

「お待たせ!」
「大丈夫だよ」
「今日は楽しみだね!後は案内人が来るのを待って……っているじゃん!」
「え?」

七海は私の横を通り過ぎるとオシャレな人の前に行く。私も壁についていた背中を離して横に体を向けるとオシャレな人と七海は仲良く喋っていた。

「美湖ちゃん、紹介するね!この人がカフェを紹介してくれて今日案内してくれる人!」
「はじめまして。大道保那(だいどうほな)です。名前は女性っぽいけど男です」
「は、はじめまして。影月美湖です」

オシャレな人、大道さんは丁寧に挨拶をしてくれた。確かに名前だけ聞くと女性かと思ってしまう。『ほな』ってどう書くんだろうか。てっきり今日は七海と2人で行くと思っていたから驚きと戸惑いが混ざる。目の前にいる大道さんと七海はカフェの場所をスマホで確認していて、私は聞いたフリをしながら新たな登場人物に心を落ち着かせていた。




「ここだよ。このお店のパンケーキが美味しい」
「オシャレ…」
「本当だね!あ、テラス席がある!」
「ならテラス席にしようか。俺、空いているか確認してくる」

私達は最寄駅から二駅分電車で移動して大道さんのオススメカフェについた。まるで森の中にいるような外観はいかにもオシャレカフェという感じでチラッと見えた中にいる人達はほとんどが女性だった。

「空いてるって。好きなところに座って良いらしい」
「やった!美湖ちゃん行こう!」
「うん」

七海の後をついて行って店内に入ると数人のお客さんがパンケーキを頬張っていた。そのまま真っ直ぐテラス席に行くと日当たりのいい席を見つけて3人で座る。テーブルに置かれたメニューを見ればご飯系や甘ったるそうなものまで揃っていた。

「えー、どうしよう。どれも美味しそう」
「七海は少なめが良いと思うけど」
「うーん。でも食べたい」
「それなら3人でシェアする?2人がシェアするのに抵抗が無ければだけど」
「え!いいの!?」
「俺は良いよ」
「私も大丈夫」
「じゃあシェアしよ!どれ頼む?」

子供のように目を輝かせて嬉しそうにする七海を見て笑ってしまう。話し合って決めた結果、看板メニューと店長オススメメニューを3つ頼んだ。あまりスイーツを食べない私でも期待でいっぱいだった。
数分すればドリンクが運ばれて来てメインを待ちながら飲む。私が頼んだアイスコーヒーはとても美味しかった。

「楽しみだね!」
「そうだね。このコーヒーも凄く美味しい」
「喜んで貰えて良かったです。パンケーキも絶品なので楽しみにしててください」
「はい。とても楽しみです」

大道さんは自分のコーヒーを静かに飲む。見た目はガッツリ系の食べ物が好きそうな人なのにスイーツ男子とは意外だ。これがギャップというものなのか。

「2人は凄いなぁ。コーヒー飲めるんだから」

七海はシュンとした声でそう言った。顔と声のトーンが合っていてわかりやすいのは長所なのかも知れない。大道さんはコーヒーを持ったまま私の方を見て笑った後、少し拗ねてオレンジジュースをかき回している七海を見た。

「別にコーヒーが飲めるから凄いってわけではないよ。人それぞれ味覚が違うからね。七海ちゃんはきっと苦さに敏感なんじゃないかな?」
「そうだよ。でも私もオレンジジュース好きだよ」
「そっか。そう考えれば良いのか!」

シュンとした顔から一変、一気に笑顔になる七海。
大道さんもホッとしたように笑顔になった。

「そういえば七海ちゃん、松本先輩は元気?」
「うん!変わりないよ。最近は連絡取ってないの?」
「時間がある時に連絡するくらいかな。とは言っても占いの話ばかりだけどね。松本先輩って忙しそうだからまとめて喋ることが多いんだ」
「確かに忙しそう。大学1年生だし慣れない部分も多いからかな?」

私には全く関係のない話で盛り上がっている2人は松本さんという初めて聞くワードの人の話をしていた。というか大道さんって何年生なんだろうか。大学1年生の松本さんを先輩って呼んでいるから……高校生!?ということは私よりも2つ下になる。それなのにこんなに大人びていて七海を宥める発言も年上っぽい。今の高校生はこんなにも大人なのかと私は大道さんを見てしまう。

「あ、ごめん美湖ちゃん!全然わからない話しちゃったよね」
「大丈夫。2人が楽しそうに話しているのを見るのも楽しいから」
「すみません。つい…。3人の共通の話題探しましょうか」
「共通の話題か〜。……あ!同級生!」

七海は私の考えを見透かしたようにお互いの共通点を言った。

「え!?」
「ん?美湖ちゃんどうしたの?」
「大道さんって同級生だったんですか?」
「そうです。大学2年です」
「あっなるほど…。てっきり歳下なのかと」
「保那くんのこと歳上と思うのはわかるけど、歳下と思うのは珍しいね!」
「うん。後輩と思われるのはなかなかないよ」

私は七海の発言に驚き、2人とも歳下と間違ったのを珍しがられ恥ずかしくなってくる。アイスコーヒーを手に持ってガブ飲みしたい気分だった。

「さっき、大学1年生の方を先輩って呼んでいたので…」
「なるほど!それなら勘違いするよね!後輩のことを先輩って呼んでいる人なんて普通居ないし!」
「松本先輩は確かに歳としては後輩ですけど俺にとっては先輩のような存在なんです。最初はからかいついでに言ってたんですけど今では本当の先輩のように思ってます」
「そうなんですね。素敵な関係だと思います」

大道さんは照れたような表情を見せる。でも、もし大道さんが高校生だったらどう接して良いのかわからなかったからむしろ同級生で良かったと思う。ほとんど後輩と関わることの無かった私は歳下との接し方がわからない。そう考えると大学1年生の松本さんと親しくできている2人はちゃんとコミュニケーションが取れる人なんだなと改めて実感した。