4桁の数字の下にはスマホのパスワードと文字が書かれていた。もしかしたらこれから大道さんが言いたいことをスマホで伝えることがあるかもしれないと言う意味で私でも開けれるように教えてくれたのではないだろうか。

「このパスワード覚えて良いんですか?」
(うん)
「ちょっと自分のスマホにメモしますね。忘れたら大変だから」

私はポチポチと自分のスマホのメモアプリに『大道さんスマホ0818』と打ち込んだ。もしかしたらこの数字は誕生日だろうか。それならもうとっくに過ぎている。

「このパスワードって誕生日ですか?」
(うん)
「やっぱり…!す、すみません!私誕生日知らなくて…。えっと、誕生日おめでとうございます。そういえばこの日ってお見舞い来ましたよね?気づいてたら言えたのに…」

せっかくの誕生日を知らずに過ごしていた私に後悔する。プレゼントも用意してない。とりあえず今はおめでとうの言葉だけを大道さんに伝えた。嬉しそうに目尻を下げて喜ぶ大道さん。今日初めて私に向けた笑顔を見せてくれた。私はそれを見て釣られて笑うとパスワードの下に打ち込まれた文章を読んだ。

【わがままをきいてください。ななみちゃんにあいたいです】

全て変換されずにひらがなで書かれた言葉にはそう表示された。私に伝えたいことはまさか七海に会いたいということらしく、驚いて思わず大道さんの方を見てしまう。相変わらず眉を下げて笑う大道さん。その感じからこれは冗談ではなくて本気のようだ。

「七海に会いたいんですか?」
(うん)
「そしたら病気のことを知られちゃいますよ」
(うん)

大道さんのお願いなら叶えてあげたい気持ちもある。むしろ叶える気持ちの方が大きい。けれど相手が七海だ。私は返事に困ってしまう。距離を置き始めてから1ヶ月半は経ってしまった。その間は本当に全く喋らないし、会ったとしても極力目を合わせない。私から離れた距離がいつしかお互いに離れあって溝が深くなってしまった気がする。それに加え、七海の今の状況もわからないのに話しかけるのは勇気がいる。私も大道さんのように眉を下げて悩んでしまった。その時、救急車で大道さんが病院に運ばれた時にお母さんが言っていた言葉を思い出す。

『保那の場合、結構症状の進行が早いと先生は言っていました。もしかしたら…』

考えたくないことだけど、死が早く大道さんの首を掴んだら逃れられないことだ。だったら願いは叶えてあげたい。まだ運命が決まったわけではないけど、出来ることはやってあげよう。恋人として出来ることを。
私は思わず目が潤みそうになるけど大道さんの前で泣くわけにもいかないのでグッと耐えた。何回か瞬きをして私は大道さんの目を見る。

「いつが良いですか?やっぱり早いうちに会いたいですか?」
(うん)
「わかりました。七海に連絡取ってみます」
(ありがとう)

安心したように大道さんは私を見てくれて私もまた笑顔を見せる。その日は大道さんがなんだか疲れた様子だったのでスイーツ紹介は延期となった。きっと力の入らない身体でスマホをいじったのが気力的にも疲れてしまったのだろう。私は帰る時に大道さんの右手を一回握った後、病室を後にした。

帰り道、私は脳内で作戦会議を開催する。勇気が必要なのは重々承知の上でどうやって伝えるかを考えていた。きっと病気でALSだと言えば一発でOKだと思う。しかしそれを言って七海は来てくれるのか。以前なら迷わず来ていたはずだが、今は来てくれる確信は無い。そう考えていると頭の中で行き止まりに来てしまうけど『大道さんのお願い』と言うワードが行き止まりの壁を壊そうとする。ここ1ヶ月は大道さんを結びつければ何事でもやろうと思えるようになったと実感がある。それはもしかしたら病気に対する同情かもしれない。私はまだ、大道さんのことが好きという感覚は掴めなかった。ただ、何かしてあげたいと思ってしまうのはやはり同情が大きいはずだ。大道さんにこの事を言ったら絶対に傷ついてしまう。この話は私の中で収めておこう。
それにしても私は未だに解せないことがある。何故大道さんは私と付き合ったのかという事だった。薄々は感じていたけど、私が好きで付き合った訳ではなさそうに思える。話せる時は私に好きだと言ってくれることもあった。それに対して私は『好き』の言葉ではなく「私もです」と答えていた。そんなあやふやな言葉でも大道さんは喜んでくれる。そう考えると好きな気持ちは少しは存在してるかもしれない。でも私としては病気で動けなくなる前に思い出作りとしか考えられなかった。そう頭の中ではっきりと考えられているのに大道さんのお願いをなんでも聞こうとする私は都合のいい女と思われてる可能性もある。大道さんのイメージではそんな感じではないのだが。
七海への作戦からどんどんと脱線して行って私は結局自分の家に着くまで大道さんのことを考えていた。勿論この先の扉を開ければ廃墟のような部屋が待っているのだが、何故か今日は嫌な気分にはならなかった。私は壁にかけてあるカレンダーを見て次大学に行く日を確認する。すると明後日の2限から授業が入っていた。科目的に七海とは会える。運が良いのか悪いのかわからないけど、私は思わず肩に力が入ってしまった。