その日から大道さんは入院となった。最初の何日かは心の整理がつけなくて、横になってずっと目を瞑っていた。でも私が入院して5日目くらいにお見舞いに行くと、部屋のベッドには姿がなく看護師さんに聞いたらリハビリをしに行ったと教えてくれた。その後、大道さんと会って少し喋ると

「影月さんが応援してくれれば頑張れる」

と爽やかに笑って言ってくれた。それを言われて応援しない訳がない。お互い疲れてしまうからという理由でお見舞いは2日に1回にしていたのをほぼ毎日のように通うようになった。申し訳なさそうに大道さんは毎回謝るけど、私は少しでも側にいたいと気持ちを伝えれば眉を下げたまま笑って「ありがとう」と私を見た。大学がない日はいつもより滞在して大道さんと話す。今日は何をしたかなど身の回りの報告をお互いにしあって笑い合う。大道一家は私のことは1人を除いて大道さんとは友達と思ってるらしい。病気のことは私と家族以外の人には言ってないから、必然的に私しかお見舞いに来ない。それでも毎日のようにお見舞いに来るので妹さんには勘付かれてしまって、ニヤニヤと2人してからかわれてしまった。大道さんのお母さんは気づいていないようで鉢合わせるとニコニコと対応してくれる。お父さんの方はまだ会ったことないけど、大道さん曰く仕事終わりに少しの時間来てくれるらしい。ご家族みんな大道さんのことを愛しているのが感じられる。だからこそたぶん私よりも病気のダメージは大きいだろう。いつも笑っているけど影では泣いているかもしれない。そう思うと私の心は辛くなった。
そんな私達の気持ちを知らずに病気はどんどん悪い方に進行していく。大道さんが前まで毎日のように行っていたリハビリはほとんど行けなくなってしまって、少しずつゆっくり食べれていた食事も摂る事が困難になっていた。それに加えて喋ることも段々と難しくなっていく。呂律が回らなくなって聞き取りにくく、自分の口から意志を言えない。その現実に大道さんは大きなショックを受けていた。
そして現在、大道さんの低い声は聞けなくなってしまった。目と表情で何を言いたいかを理解する方法で会話している。病気のことを知ってどれくらい経ったのだろうか。気がつけば大学は夏休みに入っていて、瞬きする間に終わってしまい、暑い気温から移動する季節になっていた。







今年の夏に初めて買った日傘はもう使わなくても良さそうな天気だった。大学の授業の帰り道、私は真っ直ぐに病院へ向かう。鞄に入っているタブレットには今日の話題のデータがたっぷりと入っている。ほとんどがスイーツの話だけど、大道さんが1番喜ぶのがスイーツだから多めにリサーチしといた。まだ大道さんに紹介したスイーツを口にしたことはないけどいずれは食べてみたいなと思う。…勿論大道さんと2人でだ。そんなことを考えながら私は重いような軽いような足取りで病院へと向かっていった。
入院している大学病院は本当に綺麗で大きかった。たぶん地図や受付がなかったら病室に辿り着くことは不可能な気がする。私は病室までに会う看護師さん達に頭を下げて大道保那と書かれたプレートが貼ってある部屋の扉を開ける。すると先客がいたらしく大道さんベッドで身体を起こしていた。

「あっ、美湖さん」
「こんにちは。ふふっ、妹さんが一緒だと大道さんの表情が明るい気がします」
「えーそうなの?あっむすっとした。全く素直じゃないな〜」

窓側の椅子に妹さんが座って何やら大道さんとスマホをいじっていた。最近、病院の受付あたりですれ違うことが多くて一緒に大道さんと会うことはそんなになかった。それでもすれ違った時には私に話しかけてくれて大道さんの様子を伝えてくれる。いつしか『影月さん』ではなく『美湖さん』と呼んでくれるようになった。しかし私は妹さんの名前を知らない。聞くタイミングを逃し延ばしたら聞けなくなってしまった。大道さんに尋ねるわけにもいかず、知らなかったことがバレる時まで妹さんと呼ぶことにした。

「美湖さんちょっと待っててください。もう少しで終わるので」
「何をしているんですか?」
「内緒です」

わざとらしくウインクをして私に言う妹さんは大道さんの左手を支えながら置いてあるスマホに何かを打ち込んでいた。私は内緒と言われたので極力スマホを見ないように外を見て時間を潰す。数分後、妹さんの「OK!」の声で終わったことを知らせてくれた。自分の世界に入り込もうとしていた私は一気に戻される。大道さんの方を見るとジッと私を見つめていた。

「私は邪魔になるので帰りますね。お兄ちゃん、美湖さんに伝えたいことがあるらしくてスマホを使ってメモアプリに打ち込んだんですよ。それじゃああとは2人でごゆっくり」
「あっ、はい。それじゃあ…」
「後、今日はお母さんもう来ているので時間気にしなくて大丈夫ですからね。お父さんはたぶん来るのもっと遅い時間だし」
「わかりました。ありがとうございます」
「美湖さんまたね。お兄ちゃんも明日来れたら来るから」
「うん。またね」

私と大道さんに手を振りながら妹さんは病室から出て行く。私と大道さんしかいないこの部屋は静かになった。私は大道さんを見て話しかける。

「あの、スマホ見ても良いですか?」
(はい)

ちょんと首を縦に下ろしたのを確認して私は大道の目の前にあるテーブルに置いてあったスマホを手に取る。既に開いているスマホのメモ帳アプリには数行の文字とその上に4桁の数字が打ち込まれていた。