薄っすら目を開けてみると誰もいなかった。音も聞こえない真っ暗な世界。
私は影月美湖。
何故かその単語だけは覚えていて後のことは全くわからなかった。考えようとしても何も浮かばないし、まず考えるだけでボーッとしてしまう。私は考えるのを諦めて寝ていた格好から上半身だけ上げる。一面が真っ暗で唯一見えるのは私の身体だけだった。ひとまず立ちあがろうと足腰に力を入れるけど全く動かない。まるで別物のように自分の意思で動かすことは出来なかった。

「何で…」

その瞬間、何も無い世界から大きな音が響き渡る。思わず肩がビクッと跳ね上がってしまった。音の残響が伝わる。まるでガラスが割れた音。その音が耳に響いた後またガラス音が崩れる音がした。その後も音は鳴り響く。ガラスは勿論、何かを打ち付ける音や脆い音が衝突し合う音。うるさくて耳を塞ごうと手をあげようとした途端、ガクッと肘から力が抜けて背中が後ろに倒れる。あまりの衝撃に目をギュッと瞑り、じわじわと来る痛みに耐える。すぐに痛みは消えて力無く目を開けると驚きの光景が広がった。
先程音がしていたガラスの破片、凹んだ小物、歯形や引っ掻き傷が付いた家具が私の周りを囲むように散らばっていた。見覚えはあるけど思い出せない。けれどどれも無惨な姿だった。すると傷ついた物達が私に向かって囲みながら近づいてくる。逃げようとしても、もがくことさえ出来ない。また瞬きすれば横を向いていた顔も上向きに固定されて身体の上から物達が私を覆うように落ちてくる。

あ、死ぬ…。

涙も流せぬまま私は目の前に迫ってる物達を見ていた。






私は影月美湖。
好きなことは物を壊すこと。物を壊せは心が軽くなる。自分が1番強いと思える。だから壊す。それは私にとっての発散であり、呪いでもあった。そんな私には友達が2人いた。笑顔が可愛くていつも私の名前を呼んでくれる少食の女の子。そしてもう1人は優しくて、穏やかで、とても大人なスイーツが大好きな男の子。名前は……思い出せない。それでも私を混ぜた3人で行ったスイーツのお店はとても美味しくて、とても楽しかった。
いつしか女の子は恋人の話をするようになった。初めて会った時から今まで恋人がいること自体わからなかったのに。でも恋人の話をする女の子はとても幸せそうで聞いてる私も嬉しくなった。でも女の子はその恋人が大好き過ぎた。気づけば私の目の前には女の子が消えていて、男の子しか立っていなかった。
そんな男の子は私の目の前ではなく隣に立ってくれた。「大丈夫だよ」と言いながら手を握ってくれる。大きくてゴツゴツした手はなんだか触り心地が良くて、温かくてずっと握っていたかった。でも男の子は病気にかかってた。気づけば大きな手は離れていて私の隣で倒れていた。


私は影月美湖。
好きなことは壊すこと。物も関係も人間も。
心が軽くなるはずだった。自分が1番強いと思えるはずだった。けれどもポッカリと穴が空いたように満たされない。
私は影月美湖。
外見も性格も癖も全て人から外れた。
外れ人間だ。