「すみません。もう華さんとこういう関係は辞めます。自分勝手で本当にすみません」

私。神奈月華はよく耐えたと思う。
貴方が私の家に来た時から、顔や雰囲気で何を言われるかわかっていた。だからそこまでショックは受けなかったし、悲しいという感情は湧かなかった。それに私は今まで何人もの男に振り、振られきたおかげでダメージなんて少ない。私は平然とする顔だったと思うが、貴方は悲しそうで、苦しそうな表情をしていた。
とりあえず、飲み物を出そうとキッチンに向かいボトルのアイスコーヒーを入れる。たぶん貴方に何かを与えれるのはきっとこのコーヒーが最後だろう。いつもより少なめに入れたアイスコーヒーは透明なガラスのコップの中で少し波打っていた。貴方の方をキッチンからチラッと見ると背筋を伸ばし床に正座していた。私の部屋にはソファや椅子がないからクッションの上に座ったり、短いカーペットの上に座ったりして過ごしていた。でも今日の貴方は、クッションにもカーペットにも触れず、何も敷いてないフローリングの床に正座していた。以前、自分の実家は日本家屋だからよく正座してたなんて話していたのを思い出すけど、きっと明日になればそんなことも忘れるのだろう。

「はい。アイスコーヒー」
「ありがとうございます。いただきます」

私は貴方の食べる姿や飲む姿が1番好きだった。綺麗そのものの仕草はまるで王族のような雰囲気を持っている。食事のマナーもちゃんとしていてきっと家族の人が丁寧に教えてくれたのだろう。アイスコーヒーを飲む姿だって洗礼されていた。

「そっか。私は楽しかったよ。ありがとう」

コーヒーを飲んでいる最中に私が話しかけると貴方はコップを置いて私の目を見る。

「私も楽しかったです。華さんありがとうございました」

ニコッと笑う貴方。
何故かその言葉に私の我慢の糸が切れてしまった。

「………はぁ、櫻。あんたさ、それ……」

前々から思っていた。貴方は誰に対しても優しすぎるって。別に優しいことは悪いことではない。むしろ良い部分に分けられる。でも、貴方の優しさはきっと色んな人を傷つけて、そして自分も傷つけてしまう間違った優しさなんだとその優しさに触れたからこそ私はわかった。
そこからは私の鬱憤の攻撃は止まらなかった。全く自覚のないのも、貴方がそれを考える時間もイライラの材料になった。思い返せば初めて貴方に苛立ちを感じたかもしれない。なんでこんなこともわからないのかと。しかし考えても答えが出なかったらしく私はため息を混ぜながら自分の考えを話した。
きっと貴方は「誰でも平等に優しくしなさい」と教えられてきたのだろう。それが長年の生活で染み付いて今では取るのも困難になるほど自分の中でそれを持っている。でも、人間誰しも平等とはいかないはずだ。人間は欲張りで、常に快楽を求めている。誰しもがそうではないけれど、ほとんどの人間はそうに違いない。しかしそれでも人は言う。

「みんな平等だ」

確かにある面ではあっているしまた違う面ではハズレている。平等からハズレ面で私が知っているのは恋愛の面だ。恋愛って言うのは誰かを愛し通す。その感情は体に影響が出るほどに苦しくて、嬉しいものだ。それくらい他人の人間に特別にされたい思いがある。そんな中で平等にしていいのだろうか。他の人と同じようにされて満足するのだろうか。
そう考えると貴方はどうだろう。彼女さんの事を特別視してあげたの?私の予想だときっと貴方は誰に対しても同じ対応をするだろう。例えキスしたって、身体を重ねたって結局動かされるのは伝わる言葉ではないのか。性格イケメンな貴方なら他の人にも傷つかないように優しく甘い言葉をかけただろう。
普段こんな真面目で難しい話はしないのに、この状況によって言葉がスラスラと出てくる。私が話している時貴方は反論せずに聞いてくれた。私の熱弁が終わり少し時間が立つと、最後は何かに気づき決心したように私に「さよなら」と告げて部屋から出て行った。1人にされた私はテーブルに置いてあった残りのアイスコーヒーを一気に口に含み飲み込んだ。苦味が広がる感覚に顔が歪んでしまう。やはりコーヒーは私にはミルクが必要だ。すると頬に水が伝う。私は手でそれを掬うと涙ということに気づいた。悲しい感情なんてないのに何故か泣いている。しかしそんな涙も数滴で収まった。私は自分のコップに入っている紅茶をまた一気に飲んだ。

「櫻の馬鹿…」

届かないこの声と言葉は床に落ちて消えていく。
私は今日、暑い夏の日。初めて失恋をした。