夏=晴れ。それが『普通』の想像だ。現在は正午を過ぎて数十分経った時刻。1日で最も陽が照る時間の中、私は歩いていた。日陰を見つければそこに向かって歩いて、日陰が終われば頭を熱くしながら次の影を見つける。意外と近いはずの大道さんの家は一向に着けなかった。帽子を被ればいいのだが、生憎帽子は嫌いだ。日傘を差せばいいのに日傘は持っていなかった。でももしここがど田舎だったらどうなっていただろう。住宅街が並んでいるから日陰ができるけどきっと田舎だったら周りが田んぼで陽を遮るものはきっと無い。「田舎暮らしは憧れます」なんて言う人もいるけど私は反対派だ。…人間というのは暑さにやられそうになると普段考えようともしないことを考え始める。実際に今私の頭の中はど田舎の風景に埋め尽くされていた。
しかし始まれば終わりが来る。スマホを右手に持ちながら確認すると大道さんに送ってもらった位置情報の場所に立っていた。表札にも大道とローマ字で書いてあってオシャレさを感じる。私の実家も表札をローマ字にしてくれないだろうか。インターホンを鳴らすと少し経ってから声が聞こえた。
「はい」
「か、影月美湖です」
「あ!影月さん。玄関空いてるので入っても大丈夫です。今ちょっと手が離せなくて…。入ってすぐ右手に扉があるのでそこに入ってください」
インターホンから聞こえた声は大道さんの声だった。他の家族の人が出なくて安心する。でも一応、今日の午前中にメッセージが来て【家族みんな出るみたいなので大丈夫です】と事前に報告してくれていたので他の人が出ないのは当たり前だ。私は横開きの玄関を開けて入ると綺麗に並べられた靴箱に目が行く。几帳面に揃っている靴達はいかにも必要最低限の数だった。私は靴をいつも以上に丁寧に揃えて端の方に置くと大道さんに言われた通り入って右にある扉を開いた。涼しい風が私の肌に触れる。
「お邪魔します」
「暑い中お疲れ様です。一応部屋を涼しくしといたので。後麦茶もあるので水分取ってください」
大道さんは大きなソファに座ってお菓子の準備をしていた。その横には麦茶が置いてあり、側には氷が入った透明なコップが用意されている。
「ありがとうございます」
「こっちにどうぞ。外結構暑かったですよね。歩かせちゃってすみません」
「大丈夫です。確かに暑かったけど、通ったことのない道だったので楽しかったです」
「わかります。俺も何年もここに住んでいるけど未だに未開拓の道がありますから。あ、麦茶どうぞ。お菓子も好きに食べてください。このクッキーは昨日妹が焼いたやつです」
「凄い美味しそうなクッキー…。妹さんもスイーツ好きなんですか?」
「俺の影響ですね。でも甘さ控えめなものが好きなのでこれもそこまで甘くはないかと。影月さん好みかもしれません」
そこまで言われたら食べないわけにもいかない。私は1つクッキーを手に取り食べると程よい苦味と甘さが口に広がった。コーヒー味なのか。大道さんの言う通りとても私好みだ。
「美味しいです!この味凄く好きです!」
「良かった。妹にも伝えておきますね」
「はい。凄く美味しいです。…あっ私もお菓子持ってきたのでよければ…」
「これってもしかして最近できたお店の?」
「知ってるんですか?SNSで見かけて大道さん好きそうだなと思いまして」
「…すげー」
「大道さん?」
「あっごめんなさい。なんかめっちゃ嬉しくて」
「大道さんも注目してたんですか?でも凄く美味しそうですよね。テレビの特集にも取り上げられたってお店の張り紙に書いてありました」
「……違いますよ。影月さんが俺のために選んでくれたと考えると凄く嬉しくて。ありがとうございます」
「い、いえそんな」
愛おしそうな目で私が持ってきたお菓子を見ていて大袈裟だなと思いつつも私まで嬉しくなってしまう。照れる顔を隠すように大道さんはクッキーを頬張った。
「お家デートで聞くのもアレなんですけど…大学の方はどうですか?」
「ああ、」
久しぶりに会った親戚の人のような聞き方だけど、きっと大道さんが聞きたいのは七海との関係のことだろう。私はクッキーで乾いた口の中を麦茶で潤して最近のことを話した。
とは言ってもここ数日間の話だ。今日まで2回ほど七海と大学で会った。その2回はどちらも一緒の授業を受けていたので当然同じ教室にいることになる。面と向かって鉢合わせすることはなかったけど七海は私の方をチラチラ見て気にしているようだった。でも距離を離させたのは私。だから私の目は七海に向けないように、写らないように視線を合わせようとはしなかった。しかしどうしても一緒の空間だと七海の姿が見えてしまう。教室を出て食堂にも寄らず家に帰ろうとした時にふと見えた教室の椅子に座って出席表を書いている七海の顔は若干やつれ、近づくなオーラを出していた。すぐに視線をずらしたけど1週間前に松本さんと会った時の七海よりも深刻そうな雰囲気で思わず身震いしてしまった。
大道さんは頷きながら私の目を見て話を聞いてくれた。
「だからちょっと怖くて」
「七海ちゃんがですか?」
「それもあるけど、この先のことです。あの時、七海から離れなければあんな表情をさせることはなかったかもしれないって後悔するのが。自分を守るためだけど、あの七海を見たら余計に自分が傷ついているようで…」
「そっか…」
いつも的確なアドバイスをくれる大道さんでも悩んでいた。私達は沈黙してしまう。お家デートなのにこんな雰囲気はまるで高校の二者面談のようだった。選ぶためにはどちらかを無理させなければいけない。優しい人ならきっと自分を傷つけて他人を優先すると思う。けれど私にそんなヒーローの心は持ってない。悩んでいても時間は過ぎていく。今悩んだせいで誰かを…なんてネガティブな考えがよぎってしまう。すると私の頭に感触が乗っかった。
「え…?」
「こればかりは良い案が思いつかない。七海ちゃんも影月さん、どちらが大切かって言ったら俺は彼女を優先する。だからと言って今は距離を置いていいよなんて言ってもきっと影月さんは納得しないだろうし…。だからごめん」
眉を下げながら私を見て頭を撫でる。先程の感触は大道さんの大きな手だった。誰かの為にそこまで悩んで、そして謝ってくれる人は中々いない。本当に素敵な人だなと思いながら私は目を瞑って頭を撫でる心地よい感覚に集中した。そんな私を見て大道さんは撫で続けてくれる。無言の時間は安心すると同時に私の少し速くなりつつある心音が聞こえないかと心配する材料になった。
しかし始まれば終わりが来る。スマホを右手に持ちながら確認すると大道さんに送ってもらった位置情報の場所に立っていた。表札にも大道とローマ字で書いてあってオシャレさを感じる。私の実家も表札をローマ字にしてくれないだろうか。インターホンを鳴らすと少し経ってから声が聞こえた。
「はい」
「か、影月美湖です」
「あ!影月さん。玄関空いてるので入っても大丈夫です。今ちょっと手が離せなくて…。入ってすぐ右手に扉があるのでそこに入ってください」
インターホンから聞こえた声は大道さんの声だった。他の家族の人が出なくて安心する。でも一応、今日の午前中にメッセージが来て【家族みんな出るみたいなので大丈夫です】と事前に報告してくれていたので他の人が出ないのは当たり前だ。私は横開きの玄関を開けて入ると綺麗に並べられた靴箱に目が行く。几帳面に揃っている靴達はいかにも必要最低限の数だった。私は靴をいつも以上に丁寧に揃えて端の方に置くと大道さんに言われた通り入って右にある扉を開いた。涼しい風が私の肌に触れる。
「お邪魔します」
「暑い中お疲れ様です。一応部屋を涼しくしといたので。後麦茶もあるので水分取ってください」
大道さんは大きなソファに座ってお菓子の準備をしていた。その横には麦茶が置いてあり、側には氷が入った透明なコップが用意されている。
「ありがとうございます」
「こっちにどうぞ。外結構暑かったですよね。歩かせちゃってすみません」
「大丈夫です。確かに暑かったけど、通ったことのない道だったので楽しかったです」
「わかります。俺も何年もここに住んでいるけど未だに未開拓の道がありますから。あ、麦茶どうぞ。お菓子も好きに食べてください。このクッキーは昨日妹が焼いたやつです」
「凄い美味しそうなクッキー…。妹さんもスイーツ好きなんですか?」
「俺の影響ですね。でも甘さ控えめなものが好きなのでこれもそこまで甘くはないかと。影月さん好みかもしれません」
そこまで言われたら食べないわけにもいかない。私は1つクッキーを手に取り食べると程よい苦味と甘さが口に広がった。コーヒー味なのか。大道さんの言う通りとても私好みだ。
「美味しいです!この味凄く好きです!」
「良かった。妹にも伝えておきますね」
「はい。凄く美味しいです。…あっ私もお菓子持ってきたのでよければ…」
「これってもしかして最近できたお店の?」
「知ってるんですか?SNSで見かけて大道さん好きそうだなと思いまして」
「…すげー」
「大道さん?」
「あっごめんなさい。なんかめっちゃ嬉しくて」
「大道さんも注目してたんですか?でも凄く美味しそうですよね。テレビの特集にも取り上げられたってお店の張り紙に書いてありました」
「……違いますよ。影月さんが俺のために選んでくれたと考えると凄く嬉しくて。ありがとうございます」
「い、いえそんな」
愛おしそうな目で私が持ってきたお菓子を見ていて大袈裟だなと思いつつも私まで嬉しくなってしまう。照れる顔を隠すように大道さんはクッキーを頬張った。
「お家デートで聞くのもアレなんですけど…大学の方はどうですか?」
「ああ、」
久しぶりに会った親戚の人のような聞き方だけど、きっと大道さんが聞きたいのは七海との関係のことだろう。私はクッキーで乾いた口の中を麦茶で潤して最近のことを話した。
とは言ってもここ数日間の話だ。今日まで2回ほど七海と大学で会った。その2回はどちらも一緒の授業を受けていたので当然同じ教室にいることになる。面と向かって鉢合わせすることはなかったけど七海は私の方をチラチラ見て気にしているようだった。でも距離を離させたのは私。だから私の目は七海に向けないように、写らないように視線を合わせようとはしなかった。しかしどうしても一緒の空間だと七海の姿が見えてしまう。教室を出て食堂にも寄らず家に帰ろうとした時にふと見えた教室の椅子に座って出席表を書いている七海の顔は若干やつれ、近づくなオーラを出していた。すぐに視線をずらしたけど1週間前に松本さんと会った時の七海よりも深刻そうな雰囲気で思わず身震いしてしまった。
大道さんは頷きながら私の目を見て話を聞いてくれた。
「だからちょっと怖くて」
「七海ちゃんがですか?」
「それもあるけど、この先のことです。あの時、七海から離れなければあんな表情をさせることはなかったかもしれないって後悔するのが。自分を守るためだけど、あの七海を見たら余計に自分が傷ついているようで…」
「そっか…」
いつも的確なアドバイスをくれる大道さんでも悩んでいた。私達は沈黙してしまう。お家デートなのにこんな雰囲気はまるで高校の二者面談のようだった。選ぶためにはどちらかを無理させなければいけない。優しい人ならきっと自分を傷つけて他人を優先すると思う。けれど私にそんなヒーローの心は持ってない。悩んでいても時間は過ぎていく。今悩んだせいで誰かを…なんてネガティブな考えがよぎってしまう。すると私の頭に感触が乗っかった。
「え…?」
「こればかりは良い案が思いつかない。七海ちゃんも影月さん、どちらが大切かって言ったら俺は彼女を優先する。だからと言って今は距離を置いていいよなんて言ってもきっと影月さんは納得しないだろうし…。だからごめん」
眉を下げながら私を見て頭を撫でる。先程の感触は大道さんの大きな手だった。誰かの為にそこまで悩んで、そして謝ってくれる人は中々いない。本当に素敵な人だなと思いながら私は目を瞑って頭を撫でる心地よい感覚に集中した。そんな私を見て大道さんは撫で続けてくれる。無言の時間は安心すると同時に私の少し速くなりつつある心音が聞こえないかと心配する材料になった。