昼間の出来事だった。
電話の先の相手に向けて優しくそして冷たく私は言葉を吐いた。

「七海。私はもう松本さんには近づかないし連絡も取らない。ちゃんと連絡先もブロックした。信じられないならスクショした写真を送ることだってできる。そこでお願いがあるの。しばらくの間、私と七海の距離を空けてほしい。理由は単純に私の心のこと。最近少し疲れてるから。大学は通うけどあっても挨拶程度に済ませてほしい。…これは七海のせいでは無いからね。私の心の弱さのせい。ごめんね。また良くなったら連絡する」

相手の返事を聞かないで私は通話を切った。そしてすぐにトーク欄を非表示にして見えないようにして私はスマホを切った。しばらくおやすみモードにして通知がならないように設定する。しかしそれのせいで彼からの連絡を1回スルーしてしまうことになった。2回目の連絡に気づけたのはたまたま調べ物をしていたからであってもしスマホを閉じていたら電話に出ることも出来ずきっと彼はもっと心配してくれただろう。申し訳なさでいっぱいになりながら事の経緯を話した。

「そっか。それが影月さんが出した答えなんだね」
「100点満点ではないけれど、今の私が出来ることはまず自分の心を守ることかなって思ったんです。たぶんこのまま2人のことで悩んでいたらきっと疲れてしまうから」
「その考えは俺にはなかった。でも、そうですね。自分を守ることが何気に1番大事だと思う。俺の中では正解です」
「ありがとうございます。大道さんに肯定してもらえると安心します」
「まぁ、彼氏なのでなるべく肯定してあげたいと言うか……」
「私も大道さんのような人柄になりたいです」
「影月さんはそのままで十分ですよ?ただ俺の場合お節介過ぎるだけですから」
「そんなことないですよ。大道さんに助けられた人は沢山いるはずです」

私と大道さんはゲームセンターの休憩スペースで付き合った日から2日に1回は連絡を取っていた。今日のように電話の時もあればメッセージ文の時もある。でもお互いにまだ気を遣って連絡を取るのは5分くらいだった。それしかまだ恋人らしいことなんてしてないけれど、久々の恋愛は例えまだ好きがわからなくても胸を高鳴らせる。大道さんの少し低くて詰まるような電話から出る声はは目の前にいなくても私をいつも肯定してくれた。そして付き合ってわかったことが大道さんは私が初めての恋人だと言うことだった。私が大道さんに初めて会った時に恋愛に慣れていると思ったことは全くの勘違いで驚いてつい大きな声を聞かせてしまった。その時、大道さんは「好きになる人もいなかったし、せいぜい良い人止まりです」と言って笑ったのが最近の1番の印象に残った言葉だった。
ふと、大道さんに今回のお礼をしていないと言うことに気がつく。きっと大道さんならそんなのは別に良いと断りそうだけど私の中ではお礼をしないと気が済まない。今日、七海への私なりの答えを出せたのは大道さんの力とアドバイスがとても大きかった。私は耳にスマホを当て直して大道さんに声をかける。

「あの、お礼したいです」
「え?何の?」
「今回の件のお礼を…」
「いいですよ、そんなの。お礼の為にやったんじゃないので」

案の定の答えが返ってきたけど私は食い下がらない。何せ気が済まない。

「スイーツ奢ります」
「いや、大丈夫です」
「ネットで美味しいスイーツ見つけました」
「それは気になるけど…。大丈夫です」
「…ならデ、デートしましょう」
「デート?」

少し躓くような発音になってしまったけどこれなら断られないと私の中で確信していた。デートなら大道さんも食いついてくれるはずと返事を待つ。しかし返って来たのは予想してない返事だった。

「ならお家デートにしませんか?」
「え?お家デート?」
「最近、そのインドア派になりまして…。影月さんが良ければ家で映画とか、勿論アニメでもいいので」
「お、お家。その、それはどちらの?」
「俺は実家暮らしなので常に家族の誰かはいる状態なんです。確か影月さんって一人暮ら「ちょっと宅急便来たので1回切りますね!またかけ直します!」

ブツっと音がスマホから聞こえて来たけどそんなのは気にする余裕は今の私にはなかった。前よりも傷が増えたベッドの上に座って壁に寄りかかって電話していた体勢を辞めてベッドから降りて周りを見渡す。視力がとても悪い人なら何も個性のない部屋に見えるこの空間。しかしコンタクトやメガネをしてしまえばボロボロの家具が立ち並んでる超個性的な空間に見えてしまう。引っ掻いた小傷が集まり大傷になってしまっているのもあれば、前に物に物でぶつけて凹ませた家具だってある。幸いに無事なのは床と壁だけであって、借りている身なのでそこには手を出さなかった。
今までで家具なんて変えたこともないし、今からネットやお店で買ったら目が飛び出る金額になるだろう。そこまで私の財布は裕福ではない。一人暮らしを始めた大学1年生の時からこの部屋に足を踏み入れたのは私だけだったからそんなことは気にしなかった。家族でさえ会う時は外であって一切部屋には入れさせないことを貫き通した。

「こんな部屋を見られたら引かれる所か絶望される…」

返事なんていらないけど独り言は静かに消えていった。私はスマホを急いで操作して大道さんに再び電話からをかける。切ったばかりなので2コールくらいで大道さんの落ち着いた声が聞こえた。

「お待たせしました…」
「大丈夫です。あの、さっきの続きいいですか?」
「お家デートの話ですよね!」
「あ、うん。影月さんの家に「私の家はちょっと無理かなぁと」
「そうですよね。電話切れた時に考えたんですけど流石に付き合ってそこまで経ってないのに女性の部屋はちょっと失礼かなと思って…」
「えっああ、はい」
「だから俺の家に来ませんか?人払いはしておくので」
「そうですね。私の汚い部屋よりも大道さんのお家の方がよっぽど良いと思います…」
「そんなに気にしなくても大丈夫ですよ。多少汚れていても俺は気にしないので。もしかしたら俺の部屋の方が汚いかもしれませんよ?」
「そんなことないです!」

絶対にそんなこと無い。大道さんが想像してる私の汚い部屋はきっと可愛い感じで許せる範囲の部屋だろう。その想像を遥かに超えるこの部屋はボロ屋敷を超えたなんかのゲーム世界の廃墟だ。私は大道さんの想像を激しく否定する。

「ならいつにしましょうか?」
「私はいつでも…」
「土日だったらどちらがいいですか?」
「どっちも空いてるので…」
「なら土曜日は?」
「わかりました。土曜日にお邪魔します」
「それなら俺の家の位置情報送りますね。それじゃあそろそろ終わりにしましょうか」
「そうですね。いつもより長く話しちゃってすみません」
「全然。むしろ嬉しいです。それじゃあまた連絡します」
「はい」

大道さんは私より先に通話を切らない。それは何回か電話してるうちに気付いた。そういうところは紳士的と言うのかなんて言葉がふさわしいか出てこないけど、これで恋愛未経験なのは不思議に思ってくる。私は通話を切ってふーっとため息を吐いて目を閉じた。すぐに目を開けると思わず閉じてしまいそうな光景が写ってしまう。高校生の時から始まったこの癖は未だに治る気配はない。最近だと七海達の件もあってか壊そうとする回数が増えてしまった。そんな私にイラついてしまいベッドの木の部分をドンと叩いた。少し手の皮が剥けたけど代わりに以前引っ掻いた部分の破片が床に落ちる。人にはそれぞれのストレス発散法があることは知っているし、私のストレス発散は壊すことだともわかっている。しかしこの発散法は気持ちを軽くする為に何かを失わなければいけない。これこそ不正解の塊だろう。
しばらくするとおやすみモードを切ったスマホは通知を鳴らして私は手に取ると大道さんから位置情報が送られてきた。私と最寄駅は同じだとわかっていたが意外と近い場所に家があるらしい。ありがとうスタンプを送信してスマホを閉じると脱力したように私はベッドに倒れ込んだ。何か変わると思って大道さんと付き合ったけど今のところ何も変わってはいない現状にまたため息をついた。