動くこと自体が億劫になってしまった私。しかしいつまでもここに居るわけにはいかない。書店前のベンチは何気に目立つし人も多く通り始めた。幸い震えも治まってきて歩くことに支障はない。私は立ち上がり歩き始めた。

七海と松本さんは家に向かって行ったのだろうか。
七海は今、どんな感情なんだろう。
松本さんはどう七海と話すのだろう。

浮かんでくるのは2人のこと。歩いても歩いても浮かぶのは絶えなかった。ふと、前を見ると大きなゲームセンターが聳え立っていた。外からもわかる賑やかさは私が最後にゲーセンで遊んだ小学生6年の時から変わっていない。『気分転換』の言葉が頭の中の2人の顔の隣に現れる。ここなら騒がしいし、意外と品物を見て楽しいかもしれない。そう思った私はよく見るロゴマークが入り口に付いているゲーセンに足を踏み入れた。




一言で言うとうるさい。
古い記憶ではこんなにうるさくはなかったはずだった。しかし実際、入ってみると騒音のレベルが違う。外とは別世界に思える。耳が痛くならないか心配しながら私は入り口から奥まであるUFOキャッチャーの世界を探索する。アニメや漫画、子供向けのおもちゃやお菓子が数多く並んでいて圧倒された。そして1番驚くのはUFOキャッチャーの種類が沢山あることだ。ただ掴んで落とすのではない。たこ焼き機にボールを入れたり、真ん中にあるボールを使って跳ね返して落としたりとガラスに貼ってある説明書きを見て時代の進化に感心した。とは言えゲーム熱が弱い私だから前からあったのかもしれない。しかし初めて見るゲーセンにいつの間にか心が躍り始めた。

「…さん?…さん!」
「ん?」
「影…さん!影月さん!」
「えっ、大道さん!?」

何やら騒音の中後ろから何やら大声がすると思い振り返ると大道さんと女の人が私の後ろにいた。大道さんは笑顔で私に手を振っていて、女の人は誰この人?と困惑している目で私を見ていた。

「こんにちは。奇遇ですね」
「あ、はい。ちょっと通りかかって…」
「影月さんがゲーセンいるイメージなかったから人違いかと最初思ってしまいました。あの、隣にいるのは妹です」
「はじめまして。兄がお世話になってます」
「はじめまして」

ゲーム機から出る爆音で所々聞こえにくい部分もあったけど、隣にいるマスクをした美人さんの女の人は妹さんというのは理解できた。UFOキャッチャーで獲得したのか大きな箱に入ったお菓子が2つほど袋に入っててそれを腕に下げている。大道さんはラフな格好だけど相変わらずオシャレ感満載だ。私の周囲には美女と美男子しかいないのかとツッコミたくなってしまう。

「兄妹仲いいんですね」
「ん?何ですか?」
「兄妹仲いいですね!」
「そうですか?俺たちにとっては普通です!」
「…お兄ちゃん。あっちの休憩スペースで喋ったら?ここよりは聞き取りやすいと思う」

冷静に提案してくる妹さんに私と大道さんは目を合わせる。私はいつも以上に大声を出してしまったのが恥ずかしくなってきた。大道さんも同じようで、少し苦笑いしながら私に「あっちで喋りませんか?」と誘ってくれる。妹さんの方を見ると私の心を読んだかのように「私は大丈夫です」と言って笑った。
休憩スペースには人は居なくて、3つほどのテーブルと椅子が置いてあり自販機が側に設置されていた。3人で座ると妹さんが袋からお菓子を取り出して「食べますか?」と言ってくれたが生憎さっきパンケーキを食べたばかりでお腹が空いておらずお礼だけ言って断る。2つ袋から棒状のお菓子を取り出して1本を兄の大道さんに渡す姿は仲良しそのものだった。一人っ子だと味わえない部分があるから羨ましく感じてしまいながら2人を見る。

「よく来るんですか?」
「ゲーセンに?いや今日は妹の付き添いです。ああでも付き添って貰ってるのは俺の方かな…」
「私がこの雰囲気が結構好きなので。騒がしい所とかが結構自分に合っています」
「そうなんですね。私とは真逆だ…」
「影月さんはなぜここに?ここ沢山ゲームの台数あるからうるさいですよね?」
「ちょっと、色々あって気分転換に入っちゃいました…」
「何かあったんですか?」
「はぁ、お兄ちゃん。あまりズカズカ聞くと嫌われるよ」
「えっ、ああごめん。すみません影月さん」
「いえ!大丈夫ですよ!」
「全く、女たらしのくせに…」
「おい」
「女たらし…?」
「そうなんです。この人女心がわかりすぎて気持ち悪い所あるんです」
「おい。それは女たらしじゃなくね?」
「それに美容にも気を遣い過ぎています。女の私も引きます」
「今は誰でも肌の手入れはするだろ。例え男でも」
「あとは…「おい、もうやめろ。影月さんに勘違いされたら傷が深くなる。というか前から思ってたけど女たらしの意味知ってるのか?」

ちょっとした言い合いをする大道兄妹はどこか楽しそうに話していた。家族の前だと素の自分になれるのか、いつも聞く丁寧な言葉ではなくトーンやテンションも少し違う大道さんは新鮮な感じがして私的にはこちらの方が親しみやすい気がする。勿論、いつもの丁寧な感じも嫌いではないのだが。

「女たらしとは優しい態度や甘い言葉で女性をもてあそぶことを意味します」
「ほら違うだろ」
「でも私の中でお兄ちゃんは女たらし確定しちゃってて…」
「やめろ。取り消せ」

まだ女たらしの事でプチ喧嘩しているのか妹さんはスマホで意味を調べ始めてそれを大道さんがツッコんでいた。その光景が面白くて笑ってしまう。

「ちょっ、お兄ちゃんが女たらしの意味なんて言うから笑われちゃったじゃん」
「お前が最初だろ」
「ふふっ。大丈夫です。続けてください」
「いやもう終わりにします」

2人とも可愛くて小さな笑いが止まらない。妹さんは大道さんの腕を突っついてまだ文句を言っていた。すると大道さんが財布から1000円札を出して妹さんに差し出す。

「え、何?」
「俺ちょっと影月さんと話したい事あるからふらふら回ってて。ゲーセン内でもいいし外出て近くの書店に行ってもいいし」
「ふーん。5000じゃないの」
「そんな大金あげるかよ」
「まぁいいや。1000円いらない。今は手持ちあるし。それでジュースでも買ってあげてよ」
「えっ、私は別に…」
「じゃあ私ちょっと書店行ってくる。何かあったらすぐ連絡して。すぐにね」
「わかった。終わったら俺から連絡するよ」
「りょーかい」

自分のバックとゲーセンで獲得した景品が入ったビニール袋を持って妹さんは立ち上がると私に挨拶してスタスタと出入り口に行ってしまった。見送った大道さんは私に飲みたいものある?と尋ねてくれたけど、申し訳なさとファミレスでのアイスコーヒーも胃に残ってたため妹さん同様丁寧に断った。

「あの話って?」
「告白の返事」
「あっ」
「と、言いたいところだけど…。何があったか教えてほしくて。妹に怒られたばっかりだけどもしかしたら影月さんが悩んでいることって俺が今気になっていることかもしれないので」
「大道さんが気になっている事ですか?」
「七海ちゃんのことなんだよね」

1秒前まで忘れていたことを大道さんによって掘り返される。震えは出ないものの動揺は大きかった。思わず私は下を向いてしまう。それでも大道さんは私に話を続けてきた。

「影月さんは七海ちゃんのこと知ってますか?」
「松本さんとお付き合いしてる事ですか?」
「そうそう。七海ちゃんに紹介して貰ったんですか?」
「いえ、ちょっとした成り行きで…」
「なるほど。最近、七海ちゃんと会いました?」
「さっき、会いました…」
「えっさっき?じゃあまさか悩んでるのって」
「七海と松本さんのことです」

ゲーセンの騒音の中で力無く細い私の声が消されてしまったかもしれない。しかし大道さんは私の方に顔を寄せて聞き取ろうとしてくれて、頷きながら私を見ていた。俯きがちな私からはどんな表情をしているのかは見えないけど笑顔でないのは確実だった。私が最後に言った言葉を聞くと大道さんは座っていた椅子の背もたれに背中をつけて何かを考えている。すると私に先程の1000円を渡してきた。

「ごめんなさい。これで俺のと影月さんのジュース買ってきてくれませんか?そこの自販機で」
「えっ私は大丈夫です」
「買わないと妹に何か言われそうで…。あいつ怒ると怖くはないけどしつこいんですよ」
「でも…」
「ちょっと俺の席出ずらいから影月お願いして良いですか?コーラお願いします。勿論影月さんも買ってくださいね」
「…わかりました。ありがとうございます」

大道さんは私にお婆ちゃんがお小遣いをやる時みたいに1000円を握らせる。その時に触れる手は私と違う大きさで骨張っていた。告白された経緯もあってか意識してしまい、自販機の前にたった今でも感触と温かさが残っている。それを消すように私は自販機のボタンを押し、大道さんのコーラと私の1番安かった小さいボトルのお茶を購入した。

「そんな小さなもので良いんですか?」
「はい。これで大丈夫です。あ、これお釣りです。ありがとうございます」
「いえ。買ってきてくれてこちらこそありがとうございます。コーラあってよかった」
「コーラ好きなんですか?」
「コーラというか炭酸飲料が好きです。でも炭酸水は苦手です…」

コーラとお茶を飲んで一息ついた私と大道さんはまた向かい合って本題に入ろうとしていた。10分前の出来事を思い出すのは少し嫌だったけど、大道さんが気にしている理由も気になる。それにここにはあの2人がいるわけではない。もう過去のことにしようと私は決心して俯きがちだった顔を上げた。