「ここは先輩の私が払います」
「いえ、せっかく相談相手になってもらったので私が払います」
「頼んだ3品中2品は私のだから」
「でも私にとっては日頃の報告のお礼もあります」
「年下に払わせるわけにいかないので」
「奢りに歳は関係ありません」
ファミレスの会計をする時、やはり奢ります戦争が起こった。でも流石にレジ前でずっと言い合ってるのは迷惑だから結局は自分が頼んだものだけ払うことになり、私達はファミレスを出る。松本さんは先程よりも表情がスッキリしているようで笑顔も見せてくれる。少しだけ役に立てた気がして私も笑顔を見せた。まだ会計に納得してないのか「次は私が払います」と言っていてそう言うところは年下に見えてしまう。それでも大道さんが『松本先輩』と呼ぶ気持ちはわかる。松本さんの言動のほとんどが大人びている印象だ。
「松本先輩…」
「え?」
「いや何でもないです」
隣に並んでいる松本さんは私の方に顔を寄せて聞き取ろうとしている。そうするとより高い身長が目立った。私でこの身長差なら私よりも背が低い七海はどれくらいの差になるのだろうか。以前七海と松本さんの大学に行った時に見れば良かったけど状況的にその時は見れなかった。2人セットで歩いている姿を想像すると凹凸が目立つ2人組が浮かんできた。
そんなことを考えていると隣に建ってある書店の前を通る。その時、急に松本さんは足を止めた。
「松本さん?」
「……影月さん、ごめんなさい…」
「え?何がですか?」
一気に顔が固くなる松本さんの目線に顔を向ける。
「あ……な、七海…」
「偶然だね。美湖ちゃん。櫻ちゃんと何でいるの?」
「先輩、たまたま影月さんに会ったんだ。少し話しただけ「10時53分。ここの書店の前を通る」
「先輩…?」
「10時55分、ファミレスに入店。11時20分になるまでずっとファミレスにいたんだね。ねぇ、1人でずっとファミレスにいたの?」
書店の出入り口付近のベンチに七海は座りながら淡々と話す。髪の毛を耳にかけながら口から放たれた時間は正確と言えるほど合っていて私の体に鳥肌が立つ。松本さんは固い表情を変えずに七海を見ていた。
「GPS?」
「そうだよ。これも櫻ちゃんのため。時代って凄いよね〜。場所や動き方が正確すぎて若干引くくらい」
「なんでそんなことをしてるの先輩」
「だから櫻ちゃんのためだって」
「私のためだからと言って影月さんを巻き込まないでくれない?」
「巻き込んでるのは櫻ちゃんでしょ?ねぇ、2人で何話してたの?教えてよ」
初めて聞く七海の声で体は怯え始めている。でも実際は声なんかで怯えるはずがない。それなのになぜここまで体が冷たく震えるのだろう。私は目だけを松本さんの方へ見上げると「何も言わないで」と必死に伝えるように見ていた。私は目線を下にして極力七海を見ないようにした。
「先輩の話だよ。最近どうなのかなって」
「嘘ばっかり。そんな優しい内容じゃないでしょ」
「なんでそう思うの?」
「1106」
「はい?」
「櫻ちゃんが憧れている随分と昔のバレー選手の誕生日。これ、スマホのパスワードでしょ?」
「………」
「ハッキングとかじゃないよ。たまたま見えちゃったの。1106が。自分の誕生日とかわかりやすいものじゃなくて安心したけどさ、最近櫻ちゃんスマホ気にしてるから彼女として心配になっちゃって」
「だからってプライバシーとかあるでしょ」
「そう言われたら負けだけどさ。今から言うことで私の勝ちになるんだよ」
「何?」
「ねぇ、知ってた?神奈月華さんって私の高校の同級生で櫻ちゃんの先輩なんだよ」
「……!」
「かんなづき……?」
かんなづきはな。私は知らない名前だ。七海が言うには2人と接点のある人物なのか。松本さんはその名前を聞くと驚いたように目を見開いて動揺しているようだった。
「神奈月さんって明るい性格だよね。私も結構喋ってたけど沢山困らせて貰ったよ」
「っ!先輩!後は家に帰って話そう。2人で話した方が絶対いいから!」
「美湖ちゃん。私は美湖ちゃんのこと信じてるよ。でも、櫻ちゃんのことは信じきれないんだ。なぜだと思う?」
「…わからない」
「正解はね、私は櫻ちゃんに両手で抱えきれないほどの愛情を注いだの。それなのにさ…この人神奈月華に浮気したんだよ」
「え…」
「先輩…」
「したんだよではないか。してるんだよ今も」
松本さんの長く細い首から汗が1つ流れ落ちる。その雫のスピードはまるで地獄へと堕ちているかのようだった。浮気の言葉が信じられないのは私だけではなく、たぶん七海もそうだろう。優しさと真面目さの塊のような松本さんには浮気の言葉はないと思っていた。
「ねぇどうしてくれる?ただでさえ同性の恋愛なのに浮気までしてさ」
「先輩…」
「覚えてる?櫻ちゃんが私に告白した時に言った言葉。
『私は、同性が好きなんじゃない。先輩が好きなんです』
だっけ?私凄く嬉しかったんだ。今でも観覧車に乗った風景や櫻ちゃんの必死そうな顔、私のうるさい心臓は鮮明に覚えているよ」
「ごめんなさい…」
「私達はね、付き合った時人の流れから外れたの。2人一緒に」
「ごめん、なさい」
「……あ!もうお昼時間だ!櫻ちゃん帰ろう?今日はスパゲティにする予定だから!ね?帰ろう?2人で」
「…わかった」
「美湖ちゃんバイバイ!また大学でね!次こそは話ちゃんと聞くから!」
覚えているのは七海の声と松本さんの真っ青な顔色だった。手を引かれる松本さんはまるで親に従う子供のように見えた。私はさっきまで七海が座っていた書店の出入り口付近のベンチに力無く座る。
『付き合った時人の流れから外れた』
私はその言葉がなぜが頭に残り離れなかった。それと同時に私はこれからどちらの味方になればいいのだろうか。今まで七海の監視役として松本さんに協力してきた。しかし今、松本さんの浮気が発覚してしまった。私はこれから2人にどう接するのが正解なのか。わからない。その思いと未だに治らない手の震えはしばらく私に取り憑いていた。
「いえ、せっかく相談相手になってもらったので私が払います」
「頼んだ3品中2品は私のだから」
「でも私にとっては日頃の報告のお礼もあります」
「年下に払わせるわけにいかないので」
「奢りに歳は関係ありません」
ファミレスの会計をする時、やはり奢ります戦争が起こった。でも流石にレジ前でずっと言い合ってるのは迷惑だから結局は自分が頼んだものだけ払うことになり、私達はファミレスを出る。松本さんは先程よりも表情がスッキリしているようで笑顔も見せてくれる。少しだけ役に立てた気がして私も笑顔を見せた。まだ会計に納得してないのか「次は私が払います」と言っていてそう言うところは年下に見えてしまう。それでも大道さんが『松本先輩』と呼ぶ気持ちはわかる。松本さんの言動のほとんどが大人びている印象だ。
「松本先輩…」
「え?」
「いや何でもないです」
隣に並んでいる松本さんは私の方に顔を寄せて聞き取ろうとしている。そうするとより高い身長が目立った。私でこの身長差なら私よりも背が低い七海はどれくらいの差になるのだろうか。以前七海と松本さんの大学に行った時に見れば良かったけど状況的にその時は見れなかった。2人セットで歩いている姿を想像すると凹凸が目立つ2人組が浮かんできた。
そんなことを考えていると隣に建ってある書店の前を通る。その時、急に松本さんは足を止めた。
「松本さん?」
「……影月さん、ごめんなさい…」
「え?何がですか?」
一気に顔が固くなる松本さんの目線に顔を向ける。
「あ……な、七海…」
「偶然だね。美湖ちゃん。櫻ちゃんと何でいるの?」
「先輩、たまたま影月さんに会ったんだ。少し話しただけ「10時53分。ここの書店の前を通る」
「先輩…?」
「10時55分、ファミレスに入店。11時20分になるまでずっとファミレスにいたんだね。ねぇ、1人でずっとファミレスにいたの?」
書店の出入り口付近のベンチに七海は座りながら淡々と話す。髪の毛を耳にかけながら口から放たれた時間は正確と言えるほど合っていて私の体に鳥肌が立つ。松本さんは固い表情を変えずに七海を見ていた。
「GPS?」
「そうだよ。これも櫻ちゃんのため。時代って凄いよね〜。場所や動き方が正確すぎて若干引くくらい」
「なんでそんなことをしてるの先輩」
「だから櫻ちゃんのためだって」
「私のためだからと言って影月さんを巻き込まないでくれない?」
「巻き込んでるのは櫻ちゃんでしょ?ねぇ、2人で何話してたの?教えてよ」
初めて聞く七海の声で体は怯え始めている。でも実際は声なんかで怯えるはずがない。それなのになぜここまで体が冷たく震えるのだろう。私は目だけを松本さんの方へ見上げると「何も言わないで」と必死に伝えるように見ていた。私は目線を下にして極力七海を見ないようにした。
「先輩の話だよ。最近どうなのかなって」
「嘘ばっかり。そんな優しい内容じゃないでしょ」
「なんでそう思うの?」
「1106」
「はい?」
「櫻ちゃんが憧れている随分と昔のバレー選手の誕生日。これ、スマホのパスワードでしょ?」
「………」
「ハッキングとかじゃないよ。たまたま見えちゃったの。1106が。自分の誕生日とかわかりやすいものじゃなくて安心したけどさ、最近櫻ちゃんスマホ気にしてるから彼女として心配になっちゃって」
「だからってプライバシーとかあるでしょ」
「そう言われたら負けだけどさ。今から言うことで私の勝ちになるんだよ」
「何?」
「ねぇ、知ってた?神奈月華さんって私の高校の同級生で櫻ちゃんの先輩なんだよ」
「……!」
「かんなづき……?」
かんなづきはな。私は知らない名前だ。七海が言うには2人と接点のある人物なのか。松本さんはその名前を聞くと驚いたように目を見開いて動揺しているようだった。
「神奈月さんって明るい性格だよね。私も結構喋ってたけど沢山困らせて貰ったよ」
「っ!先輩!後は家に帰って話そう。2人で話した方が絶対いいから!」
「美湖ちゃん。私は美湖ちゃんのこと信じてるよ。でも、櫻ちゃんのことは信じきれないんだ。なぜだと思う?」
「…わからない」
「正解はね、私は櫻ちゃんに両手で抱えきれないほどの愛情を注いだの。それなのにさ…この人神奈月華に浮気したんだよ」
「え…」
「先輩…」
「したんだよではないか。してるんだよ今も」
松本さんの長く細い首から汗が1つ流れ落ちる。その雫のスピードはまるで地獄へと堕ちているかのようだった。浮気の言葉が信じられないのは私だけではなく、たぶん七海もそうだろう。優しさと真面目さの塊のような松本さんには浮気の言葉はないと思っていた。
「ねぇどうしてくれる?ただでさえ同性の恋愛なのに浮気までしてさ」
「先輩…」
「覚えてる?櫻ちゃんが私に告白した時に言った言葉。
『私は、同性が好きなんじゃない。先輩が好きなんです』
だっけ?私凄く嬉しかったんだ。今でも観覧車に乗った風景や櫻ちゃんの必死そうな顔、私のうるさい心臓は鮮明に覚えているよ」
「ごめんなさい…」
「私達はね、付き合った時人の流れから外れたの。2人一緒に」
「ごめん、なさい」
「……あ!もうお昼時間だ!櫻ちゃん帰ろう?今日はスパゲティにする予定だから!ね?帰ろう?2人で」
「…わかった」
「美湖ちゃんバイバイ!また大学でね!次こそは話ちゃんと聞くから!」
覚えているのは七海の声と松本さんの真っ青な顔色だった。手を引かれる松本さんはまるで親に従う子供のように見えた。私はさっきまで七海が座っていた書店の出入り口付近のベンチに力無く座る。
『付き合った時人の流れから外れた』
私はその言葉がなぜが頭に残り離れなかった。それと同時に私はこれからどちらの味方になればいいのだろうか。今まで七海の監視役として松本さんに協力してきた。しかし今、松本さんの浮気が発覚してしまった。私はこれから2人にどう接するのが正解なのか。わからない。その思いと未だに治らない手の震えはしばらく私に取り憑いていた。