「お待たせしました。季節限定ミニパンケーキとアイスコーヒーです。以上でお品物はお揃いでしょうか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
「かしこまりました。失礼します」

先程とは違う定員さんが私のミニパンケーキと松本さんのアイスコーヒーをいいタイミングで運んでくる。3回の定員さんは向こう側のテーブル席で対応をしていた。

「美味しそうなパンケーキですね。季節限定ってこれですか?」
「そうなんです。ちょっと食べたくなっちゃって」
「全然いいですよ。ゆっくり食べてください」
「松本さんも少し食べますか?」
「いえ、私は大丈夫です。多分帰ったら用意されてると思うので…」

きっとその発言からしてほとんど毎日七海は松本さんの家に来ているんだろう。前の話を聞かなければ仲の良いカップルと思ってしまう。幸せな同棲生活を送っているような風景が頭に浮かんでくる。あくまで前の話を聞かなければ。
私は松本さんに「すぐに食べ終わります」とだけ言ってフォークとナイフを手に取ると「ごゆっくり」と返事が返ってくる。私は小さめのパンケーキを切ってその上にバニラアイスを乗せて食べると美味しくて口角が上がりそうになってしまう。多分1人きりで食べていたら抑えることなく上がっていたはずだ。甘いけれどくどくは感じない。きっと大道さんの影響でスイーツを食べ始めたからだと思う。七海と大道さんと一緒にスイーツを食べに行ったのは2、3回くらいだけど美味しい味を知ると他のスイーツにも手を出したくなってしまってる。コンビニでも最近は洋菓子を買ってみて食べることだってあるくらいに。
松本さんの方をチラッと見るとアイスコーヒーを飲んでいてとても綺麗に私の目に映った。七海もそうだけど、美人は何しても絵になるのはずるい。そう考えると七海と松本さんは絵になる美女美女カップルなのだろう。私は冷たさを求めて今度はバニラアイスだけをフォークで掬って食べた。

「そういえば前に保那くんと先輩と一緒によくスイーツ食べに行ってましたよね?」
「そうですね。とは言っても数回だけですけど」
「私も一回先輩について行った時がありましたけど、やっぱり甘い物は口に合わなくて」
「あ、私もそうです。でも大道さんが紹介してくれるお店は全部が美味しくて、ちょっと目覚めてしまいました」
「でも甘い物は疲れた時にいいですからね。食べすぎると悪くなってしまいますけど、私も疲れた時にはチョコを食べるようにしてます。甘さ控えめの」
「松本さんはバレーやってるから食事とかには結構気をつかっているんですか?」
「適当ですよ。でも先輩がそれを許さなくて…。連絡無しに家に来て部屋漁りますけど、来る時はちゃんと食事を作ってくれてます」
「七海が料理できるのは初めて知りました。…あ、すみません。今は七海の話はあまりしない方がいいですよね」
「大丈夫ですよ。まぁでもそうですね。前ならたぶん喜んで話していたと思いますけど」

松本さんはまたアイスコーヒーをちびちびと飲み始めた。表情が和らいだと思ったらまさかの七海の話題が出てきてしまって表情が後戻りしてしまった。もしかしてほとんどエピソードに七海が出てくるのではないか。それくらい付き纏われてるか依存されているのか?色々と気になり聞きたいことは沢山あるが、松本さんの表情が曇ってしまうのは私としても心が痛い。私からは七海の話を出すのはやめた方がよさそうだ。

「影月さんは先輩のことどう思います?」
「え、七海の事ですか?友達としか思ってないですよ」
「そういうんじゃなくて、どんな人柄なのかという感じのを…」
「ああなるほど。七海は今のところ大学で唯一の友達です。もしかしたら大学以外でも唯一かもしれません。私、高校生の時に色々あって誰かと友達になるのを避けようとしてたんですよ。でも七海は良い意味でズカズカと私の領域に入ってきました」
「はい」
「でもあの時に七海が私の間合いに入らなかったらたぶん、今こうやって誰かと話せる私ではなかったと思います。自分の気持ちを松本さんだけではなくて他の人にだって話せなかったはず。だから七海がいてくれて良かったです。まぁ人見知りは変わってませんが。松本さんの七海と私の七海は違いますけど、私の方の七海には感謝してます」
「そうですか…」

アイスコーヒーの氷の冷たさでグラスの周りに水滴がつき始めた。私はパンケーキの最後の切れ端と溶けて液状になったバニラアイスに絡めて頬張った。

「相談は…」
「え?」
「私、影月さんに相談したいって言ったけど本当は先輩のことを肯定して欲しかったのかもしれません」
「というと?」
「今、私の中で小日向七海の存在は悪い方の認識に向いています。でも心のどこかで私は、私はまだ…」

アイスコーヒーのグラスに置いてある松本さんの両手は微かに震えているのがわかった。言葉と心の整理がついてないのか途中で会話が止まる。
ここはファミレス。現在時刻11時20分。
ちらほら家族連れや友達と来るお客さんが出入りしてきた。私がこのテーブルに座った時よりも騒がしい声や音が鳴り響いてるはずだ。しかし私の耳には全く音が入ってなかった。ただ、アイスコーヒーの中に入っている積み上がっている氷がコロンとズレる音だけが聞こえてきた。
松本さんは私の方を向く。何気に初めてジッと顔を見た気がする。松本さんの表情は今も迷っているけど、確信は持てた表情だった。

「私、七海先輩が好きです。どれだけ辛い思いしても私の本心はずっと変わってなかった。…変ですか?」
「私からしたらわからない。周りに松本さんの七海のような人はいないし、恋人だっていない。だから変だとか決めつけられないな。でも、七海の誰よりも近くで支えてきた松本さんなら当たり前の解答だと思う。私松本さんと会って1ヶ月ちょっとだけどさ、七海と松本さん似てると思うよ」
「私と先輩が…?」
「お互いに想いあってるなって」

『そしてお互いに依存しあってる』
そこまでは言わなかったけど、気付かれない程度の遠回しに私はそう言った。松本さんは涙目になりながら「ありがとうございます」と私にお礼を言って相談会はお開きになった。