土曜日は晴れだった。雲1つないとは言えないけど洗濯日和の天気になってくれた。私はファミレスに10時40分頃に着いて1人、テーブル席でアイスコーヒーを飲みながら空を眺めていた。これくらいの天気になるとわかっていればベランダに洗濯物を干しとけばよかったなと外に出てから電気アプリを見なかったことに後悔する。またいつものように乾燥機頼りになりそうだ。
時刻は10時45分。松本さんは部活終わりに来るのかもしれない。早めに行動がモットーの私にとっては待つことには慣れているが待ち合わせがファミレスで良かった。外だとこの天気では蒸し暑いし、日除けの場所を探さなければいけない。それに通り過ぎていく人の目が気になってしまう。人間観察だって数人見れば十分だ。それに比べてファミレスなら暑くもなく日も気にしなくていい。テーブル席に来ればほぼ個室のような物だしWi-Fiもある。喉が渇けばドリンクバー頼めばいいし、お腹が空けば食べ物だってある。どうせなら今日のお昼はここで済ますのいい案だ。ふとそう思った私は端にあったメニュー表を手元に持ってくる。

「……季節限定パンケーキ」

1枚の大きな紙に大きな写真で載っていたのは季節限定のスイーツ達だった。これから本格的に暑くなる季節にぴったりの涼しげな色をした背景に注目してくださいと言わんばかりのアイスが乗ったパンケーキ。他にもクレープやふわふわそうなかき氷が掲載されていた。私はコールボタンを押して定員さんを呼ぶ。そこまで混んでいないこの時間帯だとすぐに席に来てくれた。

「お決まりでしょうか?」
「この、パンケーキのミニサイズお願いします」
「かしこまりました。ご注文は以上でしょうか?」
「はい」

私の返事に軽く頭を下げた定員さんは早足で奥のホールに戻って行く。
…頼んでしまった。
バニラアイスが乗っかった涼しげなパンケーキのミニサイズを1つ。いつもなら頼まないスイーツを1つ。頼んでしまった。このメニューを見つけた時も、頼んだ時も、頼んだ後も思い浮かんだのは大道さんの顔。好きかどうかもわからないくせして大道さんが頼みそうなものを注文した。別に甘いものを食べたかったのではない。このメニューを食べれば大道さんの気持ちがわかるかもしれないと根拠のないことを思ってしまったら体が動いていた。頼んでしまったのならしょうがない。別に食べれない量でもないし、これをお昼ご飯にすればいい。そう思って私はアイスコーヒーのストローを口に近づけた。
コーヒーの苦味を味わっていると大きな人影が私が座っているテーブル席に近づいてきた。

「お待たせしました」
「あ、松本さん。待ってないので…」

部活終わりと一目でわかるジャージ姿はとても似合っていた。急いで来てくれたのか少し息が上がっている。時刻は10時55分。多少は遅れても構わないのに真面目な人なんだなと私は思った。

「何か頼みますか?」
「大丈夫です。すぐ終わると思うので」

リュックと手提げのバックを席に置いて私の対面に座る松本さん。いざ前にしてみると想像よりも背が高いことに驚く。175、いや180センチはあるかもしれない。162センチの私からしたら巨人のように見える。巨人の例えは悪口になるかもしれないけど。

「いつも先輩の情報ありがとうございます。とても助かってます」
「いえ、全然。私にできるのはこれくらいですし」
「そんなことないです。その、結構情報が役に立ってます。その日の機嫌とか…」

松本さんは少し下を向いて苦笑いをした。役に立ててるのは嬉しいけど、本来ならこんな役割はないはずだ。それほどに七海を扱うのが大変なのだろう。
松本さんの顔は少し隈ができていて心なしか目にも光というものがなかった。

「すみません。やっぱり飲み物頼みます」
「あっはい。良ければ奢りますよ。私も2品頼んだし…」
「いえ、大丈夫です。自分で払います。私もアイスコーヒーにしようかな」

松本さんは私の方に寄っていたコールボタンを長い手を伸ばして押すと、テーブルに来た先程と同じ定員さんにアイスコーヒーを頼んだ。3度目の注文で定員さんはお辞儀をすること自体やめたようでそそくさとまた厨房に戻って行った。そろそろ私のパンケーキも来る頃だろうか。

「松本さん、相談というのは…?」
「………先輩は大学では普通ですか?」
「そうですね。前と変わらずに過ごしていますよ。あれ?私メッセージ送ってませんでしたっけ?」
「あっ、送ってもらってます。別に影月さんを疑ってるわけではなくて、ちょっと信じられなくて。影月さんから聞く話の先輩と私の前での先輩が別人で」
「どんな感じなんですか?」
「酷いです」
「酷い…?」
「とにかく酷いんです。前までは私が先輩との時間が取れなくて少し我儘になってしまってるのではと思ってました。でも実際は違くて。我儘なんかを軽く通り越してしまってるんです。1時間ごとにメッセージを送ってきては、私の返信を来るのを待ってて私が授業で返信できないと何回も電話をかけてきます。それに、連絡無しに家に来たと思えば部屋中何かを確認するように漁る時もあります。最悪の場合、泣きながら暴れることだって……」

徐々に顔色が悪くなっているのは松本さんだけではないだろう。きっと私の表情もいつもより深刻な顔をしてるに違いない。全く知らない七海の顔は私の予想を遥かに超えていた。依存『気味』とはいえここまで来ると『気味』の文字が消えて完全なる依存だった。

「知らなかったです…」
「………」

私達の間に沈黙が流れる。七海の異常な顔を知ってしまった私と、それを思い出して恐怖に震える松本さん。沈黙になるのは当たり前だった。